特集 バッハ;無伴奏チェロ組曲 10種聴き比べ


バッハ・イヤーである2000年の幕開けを記念して、年末・年始の休日に、買い溜まった無伴奏チェロ組曲の聴き比べをいたしました。
あれこれ20種ほどもあるのですが、CDが出ているデジタル録音の全曲盤から選定。9種は全曲を聴き、6種は1曲のみを聴きましたので、各曲10種づつということになります。
ちょっと大きなページになりましたが、御容赦ください。


   C D デ ー タ  第1番ト長調 第2番ニ短調 第3番ハ長調 第4番変ホ長調 第5番ハ短調 第6番ニ長調 総合評
T.T. Prélude Allemande Courante Sarabande Menuet I&II Gigue T.T. Prélude Allemande Courante Sarabande Menuet I&II Gigue T.T. Prélude Allemande Courante Sarabande Bourrée I&II Gigue T.T. Prélude Allemande Courante Sarabande Bourrée I&II Gigue T.T. Prélude Allemande Courante Sarabande Gavotte I&II Gigue T.T. Prélude Allemande Courante Sarabande Gavotte I&II Gigue

ポール・トルトゥリエ

  17:57 2:25 4:20 2:36 3:09 3:28 1:59 20:54 4:00 3:55 2:05 4:50 3:18 2:46 23:04 3:28 3:50 3:02 5:23 4:06 3:15 25:59 5:53 3:57 3:26 5:02 5:00 2:41 27:35 7:42 7:10 2:15 3:17 4:35 2:36 29:06 5:43 6:31 3:28 5:33 3:55 3:56

ポール・トルトゥリエ

トルトゥリエ盤ジャケット
 (EMI CDC7-49035-2)(Nos.1/4/5)
 (EMI CDC7-49036-2)(Nos.2/3/6)
録音;1983年、ロンドン、テンプル・チャーチ
 
トルトゥリエ(1914年生れ)の再録音、69歳頃ということになる。
国内盤(2枚組)も出ているが、旧録音(1960年)との区別が付きにくいので注意を要する。
ほぼ理想的な演奏
トルトゥリエの、寂の効いた音が朗々と響くのを聴いているだけで、満足した気分になってしまう。
寄せては返す大波のようなプレリュード、堂々たる確信に満ちたアルマンド等々、素晴らしいの一言に尽きる。
ちょっと無造作な音が散見されるのが惜しいが、あるいは名人の筆のかすれか。
技術的にはしっかりしており、音程は普通の若手・中堅チェリスト以上に確か。
気迫・精神力では随一、他を圧する。
ただ、やはり高齢からか、どことなく音に限界を感じなくもない。ちょっとしたトリルの甘さとか、クレッシェンドの頭打ち感とか(これは録音のせいかもしれない)。この点がなければ、文句なしにベスト盤なのだが。
印象深かったのは、プレリュードに漂う孤独の嘆きと、じっくり弾いて滋味溢れるサラバンド
内に昂揚する精神が、外に表現されきらないとき、それが「滋味」となる…ということかもしれない。
実に剛毅な音楽、英雄の風格がある。
プレリュード冒頭の一音の強烈なこと! 下降音型の最低音も、それに呼応して、盤石の趣。
アルマンドでは、アクセントを効かせて、決然としたボウイング、実に輪郭がくっきりした音楽である。クーラントも同様。
朗々たる心の歌を聴かせるサラバンド、武骨な喜びを歌うブーレIと寂しさの漂うブーレIIも素晴らしい。
思うに、これがカザルス直伝のバッハ観の表現であろう。
「こうでなければ!」と頷かせる、素晴らしい説得力の名演。
強弱の起伏やエコー効果に走らず、ゆっくりしたテンポで大股に歩むプレリュードが最高。この堂々たる進行の中に立ち現れる和声の動き、転調の妙にこそ、この音楽の「意味」があるのだと納得させられる。
つづくアルマンドも同様の名演。
クーラントでは13〜17小節、31〜40小節のレガートの美が光る。
サラバンドの息の長い歌は感動的。
雄渾なブーレジーグも素晴らしい。
彼はD・ブルームとの共著『ポール・トルトゥリエ チェリストの自画像』(倉田澄子訳、音楽之友社)でこの曲集について語っているが、第5番を「ゴヤの絵のような色彩を持つ」と評し、プレリュードを「預言者が、憤りと怒りを表す神について語っている」と表現している。
冒頭〜前半部では、必要十分な強さと、一杯に漲る悲愴感に打たれる。予想に反して柔らかめに始まる後半でも、表現に不足はなく、終結では圧倒的な低音で聴く者を震撼させる。
「最も大きな苦悩の音楽」というアルマンドは毛ほどの弛みもなく、感情を伝えてやまない。この演奏を聴いて、素晴らしい音楽だと思わない人、心打たれない人は、いないのではないか。
速めのテンポで嵐が吹きすさぶクーラント、良く流れる音楽を涙で一杯にしたサラバンド、力感十分のガヴォットジーグ、いずれも見事というほかはない。
総合的に10種中ベストの演奏と評価したい。
この曲も、さすがと納得させる大きさと説得力の名演。
プレリュードは、風格と滋味を有する名演だが、いつもの力強さには少し欠ける。
続くアルマンドが、まさにバッハの慈愛の音楽。この暖かさに心打たれぬものはあるまい。
快活なクーラントのあと、サラバンドの歌が素晴らしい。この音楽は、これだけの大きさを持っているのだと、聴く者を納得させる。技術的にも、とても70歳近いとは思えぬしっかりした見事な音。
ガヴォットIは重すぎず軽くなく、適度な弾力性を持ち、ガヴォットII後半の重音も美しい。ジーグの剛毅さも良かった。
(アルマンドの後半の反復を省略)
この10種中で、1セットだけ買うという人がいれば、斉諧生的にはこれをお薦めする。
最も精神的、最も正統的な演奏と言ってもいいのではないか。言い換えれば、カザルスの蘇演以来積み上げられてきた、この曲集の演奏伝統の一つの結論というべき録音だと評価したい。
ちょっと無造作な音が聴かれるというか、音そのものに少し衰えの陰がさしているような気がするのが惜しい(音程や運弓は確かである、念の為)。

ヤーノシュ・シュタルケル

  18:54 2:42 5:27 2:33 3:14 3:15 1:43 20:56 3:52 4:09 2:15 5:02 2:58 2:40 22:46 4:20 4:04 3:06 4:34 3:29 3:13 24:30 4:38 4:13 3:47 4:08 5:06 2:38 27:09 6:42 7:28 2:16 3:36 4:29 2:38 28:49 5:15 6:22 3:52 4:55 4:11 4:14

ヤーノシュ・シュタルケル

シュタルケル盤ジャケット
 (BMG BVCC-1923〜24)
録音;1992年6月19・20・22〜24日
ニューヨーク、アメリカ芸術文化アカデミー
 
シュタルケル4回目(曲によっては5回目)の録音。1924年生れだから、68歳頃のもの。
彼の全曲録音では、今回は試聴しなかったが、1962年のMercury盤が名高く、今でもベストに挙げる評者もいる。
これまた堂々たる演奏だが、少し念を押すような、重いフレージングになるのが、斉諧生の好みに外れる。
もっともその分、サラバンドは深い音楽になっている。
えらく元気がいいメヌエットではアクセントの付け方が面白い。
往年の超技巧派が年輪を重ねて、自在の境地に遊ぶ感がある。
快速テンポで突進するのかと思いきや、プレリュードの冒頭3音は実に重々しく弾き始め、その後もじっくりしたテンポ、あたかもモノローグの如し。サラバンドも、しみじみしたもの。
ただ何となく…これは斉諧生の個人的問題でシュタルケルの問題ではないと思うが…音楽の流れに乗り切れない。
プレリュード22小節での減速や、アルマンドでのブツブツ切れるフレージングなど、しっくりこないのである。
メヌエットは速めのテンポでキビキビと格好いい。シュタルケル法師の衣の下の鎧が見えた感じ。ここは気に入った。
楽譜の扱いには独自のものがあり、トリルや装飾音の処理はかなり異なる。プレリュードの最後の5つの和音のうち、中の3つはカデンツァ処理なのも耳を惹いた。
トルトゥリエ同様、スケール雄大な音楽である。
もっとも、トルトゥリエが正統派英雄なのに対し、シュタルケルの演奏は、どこか乱世の梟雄、曹操や斎藤道三を連想させる。(笑)
まあこれは、ちょっと高音の詰まった響き、やや腰の重いリズム(ブーレなど)が、斉諧生的好みに合わないに過ぎないのだろう。
変ホ長調という調性のせいか、いつもより鳴りが悪いような感じを受ける。プレリュードの流れも良くない。分散和音の底の音に向けてリタルダンドとテヌートがかかって、念を押すようなフレージングが耳に付く。
クーラントに微笑みを感じるような気がするが、旋律線がポキポキ折れるようなサラバンドには首を捻ってしまう。
ブーレは勢いがあって良いが、ジーグに力強さが見られないのは残念。無窮動ふうの楽曲把握をしているのかも。
堂々たる立派な演奏。人によってはトルトゥリエを措いてベストに選ぶだろう。
プレリュード前半は、まさに「悲劇的」の標題がふさわしく、終結に向けて構築される立体的な響きは見事。
アルマンドの感情は立派、クーラントも雄渾だが、立ち止まるようなフレージングは、斉諧生の感覚には合わなかった。
実にしみじみした足取りで感動的な歌を奏でるサラバンドと、一転して決然と弾きだすガヴォットの雄大さは素晴らしい。
かみしめるようなフレージングとゆったりしたテンポのジーグでは、後半の反復のクライマックス(52〜59小節)が、装飾を伴って感動的。
昨日までトルトゥリエに一歩を譲ってきたシュタルケル、↑の名演の前には今日も分が悪いと思ったが、なんのなんの、この曲に関しては他を圧してのベスト盤
雄大・豪壮、誠に仰ぎ見るべき名演である。
この曲は通常の4弦のチェロでは高音域を多用して運指も苦しく、凡庸なチェリストは音を出すことだけで四苦八苦するのだが、シュタルケルはそのレベルは軽くクリア、余裕をもって「音楽」している。
プレリュードの立派さ、寄せては返す波のように、音楽が昂揚する。
アルマンドクーラントも素晴らしいが、朗々と鳴るサラバンドの歌は実に感動的。
更にガヴォットIは、力強いが重くない、豪快な男の遊びである。ガヴォットII後半のクレッシェンドには胸がすく。ジーグも同様に豪気な出来。
(アルマンドの後半の反復を省略)
↑のトルトゥリエ同様、誠に立派な演奏。
いわば東西の両横綱だが、斉諧生的な好みとしては、トルトゥリエに一歩を譲る。同傾向の演奏だけに、順位付けがはっきりしてしまう…といったところがある。
しかししかし、第6番に関しては圧倒的に素晴らしい。トルトゥリエもヨーヨー・マも遥かに霞んでしまう。
シュタルケルを聴かずしてこの曲を語る勿れ、と申し上げたい。

アンナー・ビルスマ

  17:49 2:48 4:47 2:42 2:27 3:39 1:26 19:29 3:30 4:42 1:57 3:34 3:21 2:25 17:33 2:43 4:08 2:28 2:56 2:28 2:50 21:37 4:01 4:25 3:18 3:12 4:02 2:39 21:32 5:06 5:24 1:49 3:13 4:13 1:47 28:25 4:29 8:27 3:38 4:19 3:46 3:46

アンナー・ビルスマ

ビルスマ盤ジャケット
 (Sony S2K48047)
録音;1992年1月29〜31日、ニューヨーク、アメリカ芸術文化アカデミー
 
古楽派チェリストのチャンピオン、ビルスマ(1934年生れ)の再録音。
旧録音はバロック・チェロを用いていたが、今回は1701年クレモナ製、"Servais"と名付けられているアントニオ・ストラディヴァリ作のチェロにペカット作のモダン弓を使用。
第5番では、原譜の指定どおり、A弦を一音下げて調弦している。
また、第6番では、5弦のチェロ・ピッコロを使用している。こちらは1700年頃のチロル製、無名氏の作。バロック弓。
ゆったりしたテンポが美しいプレリュードでは、↑の巨匠2人が使うエコー効果を排しているのが耳を惹く。終結39小節以下でテンポを落とすのも実に美しい。
アルマンドでは音価の自然な伸縮が心地よく、以下、バッハの音楽の自然な美しさを明らかにしていく楽章が続く。
最後のジーグは猛スピードで快調。
トルトゥリエなどとはまったく異なり、ロマン的な感情要素はない。
プレリュードにさえ舞曲的な要素を感じているかのように、横の旋律線より縦のリズムを基本に据えている。もちろんサラバンドは言うに及ばず。
「歌い上げる」よりも「語りかける」感じ…とでも言おうか。
とはいえ、テンポの伸縮や昂揚―沈潜の振幅は結構大きく、音楽は決して萎縮していない。強い説得力を感じる。
かなり速めのテンポで弾かれるプレリュードだが、その中で加速・減速やアゴーギグの揺らし等、けっこう、アレコレやっている。
アルマンドでも、微妙な音価の伸縮など実に愉しく、クーラントも速い中に緩急が存在する。
ロマン的な情感を排して舞曲のリズム感を生かしたサラバンド、猛スピードのブーレ(これはあまり楽しくない)、一転してレガート気味のフレージングが美しいジーグ
古楽的アプローチの規範たりうる演奏である。
プレリュードに現れる、とんでもなく長いスラーを、そのとおりに弾いているので有名な録音だが、その音楽的効果が、今ひとつ理解できない。49〜61小節を中間部的に扱っているような気もする。
クーラントで十六分音符のフレーズで走る呼吸に乗りづらく、舞曲のリズムを維持したサラバンドは、それ以上の意味に乏しい。
ブーレの疾走感は素晴らしく、快哉を叫びたい。
力こぶをつくらず、ハ短調の響きに自ずから語らせた趣
プレリュード冒頭、威圧感は無いが、音楽自体の色調ははっきりしており、何とも寂々とした空気が漂う。速いテンポでよく流れる後半では、声部間の音色の描き分けが印象的。
クーラントジーグでも、速いテンポとリズムの強調が、胸にぴったり来る。
5弦のチェロ・ピッコロによる演奏。確かに、プレリュードなど、楽々と演奏しているのが聴き取れる。クーラントでも速いテンポに自然に楽器が鳴っている。
ただ、この楽器、どうにも響きがちんまりしているというか、音色が貧相なのである。ビルスマ自身は「とても美しい音色」と言っているが…(『ユリイカ』1996年1月号114頁)。
というわけで、どうも音楽を味わう以前に意気阻喪してしまった。
(ガヴォットIIの後半の反復を省略)
とにかく自然な、自然なバッハである。
「精神性」や「巨大さ」は付加されていないが、バッハの音符が己がじし語りかけてくる趣。
古楽系の演奏を聴いてみたい…という向きは、やはりこれを試されるべきであろう。
また、楽章によっては極めて新鮮な感動を与えられるものがあり、モダン楽器の演奏に親しんでいる人も、聴いてみる価値は十分あるのではないか。

ラルス・ブロムベリ

  21:15 2:56 5:02 3:14 3:54 4:15 1:54 23:22 3:52 4:01 2:40 6:14 3:33 3:02 24:12 3:50 4:40 3:31 4:42 3:58 3:31 28:48 4:32 4:50 4:30 5:29 6:31 2:56 28:05 7:17 6:01 2:46 3:13 6:35 2:13 30:29 4:58 7:21 4:01 4:46 4:52 4:31

ラルス・ブロムベリ

ブロムベリ盤ジャケット
 (Tonart 42〜43)
録音;1992〜1994年
 
ブロムベリ(1935年生れ)は、ストックホルム、ローマ(エンリコ・マイナルディに師事)、ベルリンで学び、スウェーデンのヘルネサンドのカペルスベリ音楽学校で教えながらソロ活動をしていた。
1992年に、このレコーディングを始めたときには、既にバイパス手術をしており、休息を挟みながら、1994年までかけて録音を完成させたとか。
しかし、その年の冬には病が篤くなり、翌1995年に没したという。
トルトゥリエに似て、精神の張り、輝きを感じさせる演奏。
プレリュード22小節のニ音の強烈な光!
サラバンドの息の長い、深い歌、メヌエットIの愛おしむようなフレージングと、更にテンポを落とすメヌエットIIの味わいも良い。
プレリュードは淡々と明るめの響き。「白」の境地。
最も感動的なのはサラバンドだろう。切々たる思いのこもった音楽であり、終結での思い入れに心打たれぬものはあるまい。
名人上手ではないし、部分的にこなれていない感じを受けるところもないではないが、自分が奏でるバッハへの確信、音楽の真実性を感じる。
プレリュードの前半、分散和音がもう一つ滑らかでないのは演奏者の技巧的限界か、病気の影響か。
その不満も、後半45小節から60小節に向けて、グッとクレッシェンドしていく音楽の強さで雲散霧消する。
またサラバンドの見事なこと! この楽章に関してはトルトゥリエに勝るとも劣らない。折々に見せるテヌートも決まって、万感の思いを生じる。
ブーレIも美しく、ブーレIIでは思い切った減速で、「侘び」の佇まい。
ひょっとしたら演奏者の体調がよほど悪かったのではないか…と思ったりもする。今日までの中で、一番危なっかしい。心なしか、呻き声(?)も耳につく。
もちろん、音楽の骨格は崩れていないし、表現意欲にも欠けていないが、ところどころ、音程や運弓のコントロールを失する瞬間が出現する。
サラバンドの歌は感動的だが、和音の下の音の音程・音色が不安定で、感興を損なうのがもったいない。
悲しみ・苦しみよりも、演奏者の気魄・精神力に打たれる。中でもアルマンドは絶唱といえよう。
サラバンドも大きな歌だが、他の組曲の同楽章に比べると不満が残る。クーラントガヴォットでは綻びが散見されて、痛々しい。
技巧至難の第6番ゆえ、ブロムベリには厳しいかなと思ったが、予想を覆して気魄溢れる凄演であった。
高音の音程に辛いものがあるのと、速いパッセージに苦しそうなときもあるが、唸りというか気合とともに、精神力でそれを跳ね返すような、大袈裟にいえば鬼気迫らんばかりの演奏なのである。
プレリュードは、かなり速いテンポで弾ききる。ちょっと走ってしまうところもあるが、41〜43小節の頭の音符や98〜99小節の三和音に込められた「心」に圧倒される。
アルマンドクーラントも立派な音楽。
サラバンドは、精神力で乗り切るには苦しすぎるが、17〜20小節の、テンポと音量を落とした、はかなく懐かしげな歌い方には涙を誘われる。
ガヴォットジーグも技巧的には苦しく、ガヴォットIIに入る時の大きなパウゼは痛々しい。
それでも8小節での大きなリタルダンドや、後半の重音部分の強いクレッシェンドは、彼の気骨を示したものだろう。ジーグの53・54小節の頭の付点四分音符に込められた「力」も。
人間の精神の輝きを聴くことができる、価値あるディスクである。
←のとおり技巧上の限界もあり、これ1組あればよい…とはとても言えないが、この曲集を愛し、バッハの精神性を信じ、心を打つ音楽を尊ぶ人には、是非、お聴きいただきたいと思う。

ラルフ・カーシュバウム

  18:08 2:34 4:18 2:37 3:22 3:12 2:05 19:55 3:39 3:09 2:05 5:14 3:12 2:36 22:35 3:49 4:04 3:06 5:00 3:22 3:14 23:57 4:24 3:50 3:26 4:25 5:09 2:43 26:10 6:53 5:46 2:13 4:17 4:40 2:21 29:56 4:34 8:46 3:31 4:45 4:19 4:01

ラルフ・カーシュバウム

カーシュバウム盤ジャケット
 (Virgin VCD5-45086-2)
録音;1993年1月、ブリストル、ブランドン・ヒル、聖ジョージ教会
 
今回調べてみて、カーシュバウム(1946年生れ)がアメリカ出身というので驚いた。VirginやCHANDOSに録音したイギリス音楽で知っていた人なので。
使用楽器は、1729年ヴェネツィア製、モンタニャーナ作。
なお、最近、バジェット・プライスで再発された。
音色の素直な美しさ、音程の良さでは随一。
素直に弾けばベストの演奏になったろうと思うのだが、平明な曲調を持て余したのか、少し表情付けが煩わしい。
プレリュードの主題の強弱、クーラントのスタッカートとスラーの対比の強調など。
取りたいのはメヌエットIで、アクセントを効かせて力強い美を築きあげる。
これは気に入った。音色・音程が好みに合うし、表現は模範的
プレリュードでは、虚無の響きが慰藉に解決していく。
リズミカルなアルマンドや快調なクーラントにも、自ずと愁色が漂う。呼吸の深いサラバンドの情感!
これでメヌエットに力みがなくて、ジーグに力強さがあったら、斉諧生的にはベストだったのだが。
プレリュードアルマンドを通じて聴こえるのは、英雄の強さではなく、優しい歌である。
軽やかに楽しいクーラント、優しい慰めの歌サラバンド
活発で賑やかなブーレIと軽い音が侘びしげに響くブーレII。それに続くジーグはリズミカルで軽快だ。
この優しさを良しとするか、飽き足りないとするかが、評価を分けよう。
この人も、この曲では音の鳴りが、あまり良くない感じがする。プレリュードは、どうもピンとこない。
それ以外の楽章では、スタッカートとスラーが、実にセンス良く使い分けられ、聴いていて楽しい。ブーレIIの5小節での装飾音も美しさの限りだ。
過不足ない好演である。
プレリュード前半は無理をせずに美しい音で再現、歯切れ良い後半とのバランスが良い。悲劇味には少し欠けるが。
アルマンドも同様の好演、リズムのキレが良く立派なクーラントジーグが気に入った。
プレリュードが素晴らしい。速いテンポで一気呵成に弾ききった勢いに圧倒される。これだけ取れば、トルトゥリエを超え、シュタルケルと肩を並べる。
アルマンドでは、甘い美音で伸びやかに歌い、どこか憧憬に似た感情を伝えるのが楽しい。
キッパリしたクーラント、やはり美しく歌うサラバンドも良い。
残念なのは、ガヴォットIが力みすぎというか、なにやら力こぶが入ったようなリズムになっていること。ジーグも同傾向。
意外と言っては演奏者に失礼だが(笑)、これほどの好演とは思わなかった。
トルトゥリエも素晴らしいが、常日頃の友として親しむには巨大すぎて適さない、あるいは、馴れすぎて感動が薄れてしまう危険性があるかもしれない。
日々に愛聴したいとき、ふとバッハの音楽の豊かさや優しさに接したいとき、カーシュバウムがふさわしいのではないだろうか。

ミシャ・マイスキー

  19:01 2:13 4:50 2:35 3:44 3:49 1:50 22:39 4:05 4:17 2:09 6:01 3:22 2:45 24:30 4:06 4:14 3:39 5:11 4:05 3:15 26:33 5:08 4:22 3:45 4:44 5:34 3:00 27:47 7:08 7:11 1:53 4:15 4:40 2:40 34:03 5:23 11:21 3:33 4:51 4:34 4:21

ミシャ・マイスキー

マイスキー盤ジャケット
 (DGG 463 314-2)
録音;1999年7〜8月、ベルギー、Sint-Truiden、アカデミーザール
 
マイスキー(1948年生れ)の再録音(LDも含めると3度目)。
旧録音(1984〜5年)は彼の本格デビュー盤で、当時、センセーションとなった。
使用楽器は1720年ヴェネツィア製、モンタニャーナ作。
マイスキー校訂の楽譜を収録したCD-ROM付き。
なお、『レコード芸術』2000年1月号に当録音をめぐるインタビューあり。
これまでの様子からある程度予想できるので、今さら驚きはしないが、やはり、かなり音楽を揺らした演奏。斉諧生的には「過度」と感じる。
とりわけプレリュード15〜16小節での極端な減速は噴飯物、メヌエットII後半で頻出するリタルダンドも煩わしい。
取るとすればサラバンドか。前半・後半とも繰り返しでは、蒼白くなるまで音を弱め、思い入れたっぷり。
プレリュードが猛烈に面白い。
出だしは弓を軽く当てて、虚しさの漂う音色を表出、そのあと、音楽をすごく揺らし、起伏をつける。この楽章のクライマックス、42〜48小節では、物凄いアゴーギグをつける。終結も思い入れたっぷり。
大袈裟といえば大袈裟だが、これはこれで面白い。ちょっと↑のビルスマの表現を拡張したような趣もあるが。
ところが、アルマンド以下の舞曲系の曲も、同様のアプローチなのには疑問がある。
テンポの揺らしや、ギクシャクしたリズムの崩しが目立ち、斉諧生的には恣意的な印象を受ける。二流の細工ではないか。
もちろんサラバンドは伸縮・緩急の振幅を大きくとった詠嘆調。…そのわりには真実味に乏しく感銘を受けない。
強烈な音で始まるプレリュード、なかなかいい音を出している。相変わらず振幅は大きいが、崩しは目立たない。
サラバンドの表現は素晴らしい。前半・後半とも繰り返しでは音量を落としてひっそりと歌うのは感動的。
また、前半の最後の音と後半の最初の音をつないでしまうアイデアも秀逸。
ブーレでの装飾の入れ方、アイデアに富む。
一方、アルマンドクーラントでは、リタルダンド―ア・テンポの動きが頻出するのが、思い入れといえば思い入れだろうが、やや煩わしい。
音程が跳躍するところでは、必ずといっていいくらい、テヌートしてブレーキを踏むのも、味といえば味だろうが、疑問を拭えない。
舞曲だからといって几帳面にリズムを刻む必要はなく、ビルスマのように音価の伸縮によって音楽に生命を与える演奏もありうるが、マイスキーの場合、微妙にその矩(のり)を踰(こ)えてしまったように、斉諧生には思えるのである。
分散和音の頭(上)の音にテヌートを十分にかけて、歌を志向したプレリュードは、これはこれで一つの行き方だろう。例のスラーでも、テヌートを挟んで歌い抜く。
思い入れたっぷりのサラバンドも、まずまず。
それ以外の楽章は疑問を残す。
アルマンドの3小節に置かれる妙な「間」や、18小節で付けるリタルダンドは、どうしても納得できない。クーラント冒頭のパウゼには絶句してしまった。
やたらにブレーキがかかるブーレにはイライラさせられるし、ジーグは凡庸。
この曲では「崩し」も過度にわたらず、抵抗なく聴けた。今回の録音では最も完成度が高い演奏ではないか。
プレリュード前半は、弱音で語るモノローグ。後半はやけに軽く始まるが、メリハリをつけながら、大きく歌う熱演。
アルマンドのしみじみした歌には、この全曲盤の中で、最も素直に感心できた。
クーラントは飛ぶような軽い音、リズムもスウィングしている。
サラバンドでは、ヴィブラートを非常に大きく使って、たっぷり歌った。
プレリュードでエコー効果を活かしているのが面白いが、高音の音程は辛そうだし、何となく「どっこらしょ」と言っているかのようなフレージングも気になる。
11分21秒という超スローテンポのアルマンドは、舞曲を崩しきって、完全に歌謡楽章にしてしまった。淡い、かすれたような、モノトーンの音で、綿々と歌い抜くのである。
ここまで徹底すれば、それはそれで構わないかもしれない。斉諧生的には、すこし単調に思えたが。
←のとおり、テンポ・リズムの揺れ(崩し)に、斉諧生的には辟易することが多かった。マイスキーの個性を堪能すべき演奏だと思われる。
あるいは、古楽派の達成である「語りかけるようなバッハ」を取り入れた面もあるのかもしれない。

ユリウス・ベルガー

  16:41 2:16 4:16 2:18 2:48 3:24 1:39 19:14 4:00 3:54 1:39 4:09 3:06 2:26 21:53 3:43 3:52 2:28 4:23 4:18 3:09 23:48 3:32 5:03 3:15 3:33 5:47 2:38 23:43 5:29 4:25 2:03 4:25 5:02 2:19 27:28 4:54 7:07 3:10 4:09 4:31 3:37

ユリウス・ベルガー

ベルガー盤ジャケット
 (WERGO WER4041〜42-2)
録音;1995年4月11・12・14日、5月23日、9月26日、1996年3月13日、イタリア・トレヴィゾ、Col San Martino、San Vigilio。
 
現代音楽専門のWERGOからバッハが出たので吃驚。しかも、特殊構造のジャケット、ブックレットも超美麗。
ベルガー(1954年生れ)はアウグスブルク出身、バロックから現代音楽まで幅広いレパートリーで活躍中。
使用楽器は、1780年トリノ製、グァダニーニ作"ex Davidoff"。
第6番では、5弦のチェロ・ピッコロを用いている。1700年アムステルダム製、Jan Pieter Rambouts作。
聴いて面白く、刺激に富む点では、随一。
プレリュードのテンポはかなり速め、強弱の波を大きくつけて、音楽に表情を付す。
ガット弦を用いた開放弦の響きが美しく、最後の小節で大きくテンポを落として、ゆっくり和音を開いていくのも、溜息の出る素晴らしさ。
目の眩むような速さで駆け抜けるクーラントは実に小気味いい。
サラバンドが、余り歌わないのは残念。
メヌエットが無類に面白い。
Iでは、遅めのテンポをとり、アクセントを効かせながら、独特のフレージング。そして、あっと驚いたのは、普通の演奏とは逆に、IIの方が速くなること。実に新鮮で、これがまた美しい。
ジーグはリズミックに、跳ねたり抑えたり千変万化、鮮やかに弾ききる。
現代音楽演奏で知られるベルガーだが、ここでは古楽器派以上に過激な表現で聴く者の度肝を抜く。
音価を端折って猛スピードで駆け抜けるクーラントなど、眉を顰める人がいるかもしれない。サラバンドも、ポキポキしたフレージング。
それでも、妙に納得してしまう。「変わっている」けれど「変」ではない。崩しが無いからだろうか。
プレリュードアルマンドの「玄(くろ)い」音楽も印象深い。
プレリュード冒頭の音階を下降する音型は、カザルス以来、「太陽のように輝かしく」演奏されるのが常であった。
ところがベルガーは、やや沈んだ色合いで弾き始める。あるいは意識的なアンチテーゼであろうか。
面白いのは、45〜60小節でト音を基礎にした分散和音が連続する部分で、開放弦を実に豪快に鳴らして、ドローンのような響きを聴かせる。気に入った!
決然としたフレージングが心地よいアルマンド、舞曲のリズムが崩れる一歩手前で踏み止まった猛スピードのクーラント
それに続くサラバンドでは、古楽派の影響らしく、音を切る。ところが、↓のブルンスと違って、横の線は維持されているように聴こえるのだ! まさに絶妙のコントロール、曲趣が見事に表出されている。
ブーレIIのスル・ポンティチェロ風の音色感も面白く、愉しげなブーレIが回帰する瞬間の開放感を演出する。
ジーグの終結、107小節では思いっきり和音をテヌートさせた響きが快感を呼ぶ。ベルガーの音楽性の勝利だ。
次に何が出るか楽しみな演奏である。
音価を端折ったデタシェで走り抜くプレリュードに舌を巻く。それとの対比でスラーの部分が見事な効果を挙げるのだ。
スタッカートとアクセントの効果が面白いアルマンド、音色の変化の工夫で聴かせるジーグも素晴らしい。
この曲でも強烈な表現を見せるが、ちょっとついていきにくいものがあった。
プレリュードアルマンドでは鋭角的なフレージングでアグレッシヴに表現していくが、それでどういう音楽になるかというと、疑問が残る。
リズムを強調し、スル・ポンティチェロに近い音色を多用したガヴォットジーグは面白いといえば面白いが。
仰天したのはサラバンド
元来けっこう大胆な和声の曲なのだが、ベルガーは横の線を拒否して「点描」的に音を置いていく。すると、そこに現れる音楽は、ちょっとウェーベルンかなにかのようになるという…。
5弦チェロによる演奏。
やはり猛烈に面白い
プレリュードは、強拍をうんと強めて、実にアグレッシヴな音楽。
歌を拒否したようなアルマンドは疑問だが、疾風迅雷のクーラントには快哉をあげたい。
サラバンドは息が短く、和音の響きも今ひとつ美しくなくて残念。
速めのテンポのガヴォットIIは可憐で美しく、一気呵成に運んだジーグがリズミックで楽しい音楽であった。
5弦チェロによる演奏の中では、最も鳴りが良かったが、高音域が少しメタリックに響くのが気になった。
当たりも外れもあったが、ベルガーが次に何をしでかすのか(笑)、これほど聴くのが楽しみだった演奏はない。
この曲集を初めて聴くという人にはとても薦められないが、聴き込んできたファンには新鮮な驚きが待っている。
なお、アコーディオンのシュテファン・フッソングが、ベルガーとバッハ;ガンバ・ソナタを録音する予定と書いていたが(『ユリイカ』1996年1月号151頁)、実現したのだろうか? 聴けるのなら、実に楽しみである。

ヨーヨー・マ

  18:10 2:23 4:34 2:31 3:23 3:35 1:44 21:10 5:08 3:40 1:52 5:07 3:03 2:20 20:57 3:17 3:35 3:00 4:46 3:19 3:00 27:02 5:24 4:36 3:54 5:03 5:13 2:52 25:58 6:36 6:26 2:07 3:31 4:24 2:54 29:27 4:38 8:10 4:01 5:19 3:42 3:37

ヨーヨー・マ

ヨーヨー・マ盤ジャケット
 (Sony SRCR1955〜56)
録音;1994年6月7〜9・21日、1995年4月22〜23日、1996年6月29〜30日、8月1〜3日、1997年8月5〜6日。(場所は省略。)
 
ヨーヨー・マ(1955年生れ)の再録音。映像の企画と並行して製作されたもの。
なお、『レコード芸術』1997年11月号に、長谷川陽子さんの試聴記が掲載されている。
優しさと慰めの音楽として完璧な演奏。
プレリュードの優しい語りかけ、最後の和音でのト音の美しさ。
アルマンドの優美さ、サラバンドの慰め、メヌエットの静かな・ひそやかな気分。
クーラントでのスタッカートとスラーを交替させる呼吸も絶妙、やはり天才!
ヨーヨー・マの音色・音程は、実は斉諧生的には好みではない。
その印象は変わらないが、やはり偉いと思える音楽である。
虚しさ…というか、「寂滅」という言葉を思い起こすプレリュードの響き。48小節のパウゼの意味深さや、54小節以下の寂しい足取りが印象的。
それを慰藉するアルマンドや、軽い疾走の中にデモーニッシュなものを感じるクーラントサラバンドの嘆きの歌、軽やかなメヌエットなど、大家の芸術だと思う。
完璧な演奏。何をかいわんや、である。
音的には好みでないし、ジーグの重音の楽句(33小節以下)など、やや響きが浅いと感じる。
しかしながら、好みを超えて、この演奏は素晴らしい。技術的にも音楽的にも。
プレリュードの分散和音の連続も一瞬たりとも弛まず退屈させず、軽やかに音が舞うアルマンド
クーラントの完璧さには言葉がないし、サラバンドの歌の美しさ、ブーレIの優雅さ、ブーレIIの愁いを収めた流麗さ、力強いジーグ
問題があるとすれば、カザルストルトゥリエ的な「英雄」が姿を消してしまったことだろう。
それがクラシック音楽の新しい地平なのか、生命感を失った蒼白い姿なのか…?
弱音主体の演奏になっており、美しいといえば美しいが、やはり少し特殊なアプローチだと思う。
プレリュードでは分散和音の底の音の響きが貧弱。逆に、上の音にテヌートとヴィブラートをかける効果が目覚ましく、どことなく不安定な気分を醸し出す。44小節以下のピアニッシモも同様。
サラバンドも抑えた音で息長く歌い、切なさに満ちた緊張…といったような聴感である。
彼にしては寂の効いた音色が一貫する演奏で、気に入った。
この新録音は映像とのコラボレーションという企画だが、第5番は坂東玉三郎の舞踊との協演、タイトルは"Struggle for Hope"
それかあらぬか、ピアニッシモで出るプレリュード前半は、人間の「絶望」を感じさせる。
後半もピアノで出て、次第にクレッシェンド、終結220小節の頭の音のアタックは肺腑を抉る。
アルマンドは誠に寂しい歌、ふと「冬の旅」を連想した。
力感あるクーラントも色は黒い。11小節の厄介な譜面は、見事に処理されており、感嘆するほかない。
少し速めのサラバンドでは、しみじみした歌が、貰い泣きを誘わんばかり。
ガヴォットは雄大さはないが力強く、リズムより歌に傾斜したジーグは、それはそれで美しい。
プレリュードでは楽器の響きというか音色が今ひとつ美しくないのが気になった。ヨーヨー・マらしくない。
音楽になだらかな起伏をつけているが、ちょっとピンとこない。後半の追い込みは良かったが。70〜73小節の頭のイ音に付されたアクセントも格好いい。
弓を軽く使い、和音は大きめに開いたアルマンドは、はかないものを慈しむような歌を奏でて感動的。同じように軽い音で弾かれたクーラントは、うつろいやすい悦びの歌か。
音の軽さはサラバンドでも同様、夢見るような切ない気分を醸し出す。
ガヴォットも軽やか、ジーグに至ってようやく少し力強く。
プレリュード以外は、とにかく徹底して軽い音を使用した演奏で、そのことによってバッハの楽譜から新しい感情を掘り起こしたことを評価したい。やはり天才的な表現者だと思う。
ただ、ただ…、ヨーヨー・マとマイスキーという、2人で現代を代表する(と一般的には言われる)チェリストに、揃って「裏技」を使われると、少々、辛い感じがする。
今回の聴き比べで、カザルストルトゥリエの直系というべきバッハを奏でる人がいないことに、クラシック音楽の将来をめぐる若干の懸念を感じるのである。
優しさ・慰めを基調にしたバッハだと感じた。今風に言えば「癒し」のバッハ。
伝統にとらわれず、独自の表現を築き上げたのは、さすがにヨーヨー・マ、やはり天才というべきだろう。
ある意味ではトルトゥリエの対極に位置する演奏であり、2組目に買うとすれば、好適かもしれない。

長谷川陽子

  20:11 2:55 5:07 2:57 3:55 3:16 2:01 22:37 4:37 3:52 2:14 5:44 3:04 3:06 25:07 4:18 4:15 3:32 5:34 4:01 3:27 27:46 5:11 4:54 4:03 5:03 5:38 2:57 29:30 7:59 6:54 2:18 4:42 4:49 2:48 33:01 5:53 8:55 3:58 5:53 4:22 4:00

長谷川陽子

長谷川盤ジャケット
 (VICTOR VICC60139〜40)
録音;1999年4月15〜17日、5月4〜6日、山梨県牧丘町民文化ホール。
 
長谷川陽子さん(1970年生れ)の初録音。
美しい音で丁寧に弾いていく中から、バッハの慈愛と美しさが自ずと立ち現れる、そういう趣がある。
もちろん、何も考えずに弾いているわけではない。
↑の名人上手連中でも流れがギクシャクしてしまうアルマンド19小節を、実にスマートに美しく処理しているのに感嘆。
また、ジーグのフレージングをシンコペーションふうにするのは、彼女独自の工夫だろうか。面白かった。
このところ長谷川さんの音が、少し変わってきた。テンションの高い熱演風の、したがってちょっと硬い音から、無理なく美しい音に。
このバッハでも、一つ一つの音や和音が、実に美しい
プレリュードは思い入れをたっぷり込めて、じっくり弾いている。↑シュタルケルとは違って、斉諧生的には、抵抗なく気持ちにピッタリと聴けるものだ。
速めのテンポをとるクーラントと、息の長いサラバンドの対比も見事。後者の21〜22小節の和音の美しいこと!
優美なメヌエットと力強いジーグも、素晴らしい。後者の19〜20小節での微笑みは、誠に魅力的。
トルトゥリエヨーヨー・マを凌ぐとは言わないが、斉諧生的には、シュタルケルより上位に置きたい。
ただ、いささか慎重になりすぎた感じはある。11月の実演は、もっと思い切りのいい、表現の大きな名演だった。
カザルストルトゥリエの流れを汲む長谷川さんらしく、プレリュード冒頭は、やはり輝いている。
その後はじっくりと、美しく弾いていく。45小節以下でも低弦の美しい響きの上にバランス良く和音を鳴らす。
アルマンドは喜ばしげな舞曲、繰り返しの5小節で一瞬、レガートになる微笑みの美しさ。
伸びやかなクーラントに続くサラバンドの深い深い歌…。
軽やかに楽しく歌うブーレIと密やかなブーレII
圧巻はジーグ、冒頭の2音を和音にして粘る力強さ! 和音の響きが快い終結まで、この楽章の力感は、他を圧して素晴らしい。
しかも、80小節で、フッと力を抜いた繊毛のような美音を響かせる至芸まで備えているのだから、感嘆するほかはない。
他の9種の演奏に増して、考え抜かれたフレージングや表情の工夫を感じる。
エチュード的な音の動きを聴かされることもあるアルマンドクーラントでは、真に音楽的なフレージングを聴くことが出来、実に楽しい。
ブーレジーグでも美しい成果を挙げている。特に後者の33小節の頭の音に付けられたディミヌエンドとテヌートは、神秘的なものさえ感じさせる。同じく42小節でクレッシェンドして豪快に締めくくるのも快感。
サラバンドも、トルトゥリエに肩を並べる、素晴らしい歌。
強弱の起伏が少し煩わしいプレリュードが残念だが、例のスラーの処理は、途中に素敵なテヌートを挟んで、誠に美しい。
長谷川さん自身、「六曲中最も愛してやまない組曲」と言い、それゆえに自らの理想も高く演奏も難しい、と語っておられた。
11月の実演(武蔵野市民文化会館)での至高の名演に比べると、CDの演奏には残念ながら不満が残る。録音が半年ほど前になる時間の問題か、実演と録音の落差の問題か。
もっとも、プレリュードの前半は10種の中で最も素晴らしい(序奏的な部分)。
冒頭の和音の畏るべき深さ、筆舌に尽くしがたい玄妙さは、他の9人から聴くことができない。その後の音楽も、黒い悲しみに覆われ、人間の根源的な苦しみのような深淵を描く。
後半(フーガ的な部分)が、それに見合う大きさを獲得していないのは痛恨である。前半の感情を受け継いでいるのだろうが、少しべったりしてしまった。
弓を軽く使い、ヴィブラートを抑え、拍節感を曖昧にして、胸が締め付けられるような「白い哀しみ」を感じさせたサラバンドも、実演の記憶を呼びおこしてくれるが、それ以上ではない。最後の音の消え去り方は感動的だが。
もう一段の飛翔がほしいアルマンドや、更に迫力があるはずのクーラント等々、彼女ならばもっともっと…と思う。
プレリュードのエコー効果はマイスキーより美しく発揮されている。14小節の頭の音符に付されたテヌートも誠に美しく、終結(102〜103小節)の繊細な美も長谷川さんならでは。
アルマンドの優しい歌や、クーラントの楽しげな歌も良い。後者の7小節でヘ音・ト音にアクセントを置いて2拍子にしてしまう遊びも素晴らしい。
サラバンドはしっかり歌っているが、ちょっと表現自体は薄くなってしまったように思う。
一転、素晴らしいのがガヴォットで、愛らしい曲調にぴったりした優雅な音楽、ガヴォットIIの重音の美しさにも目を見張らされる。
ジーグでは、珍しく高音の音程に疑問が残る。
美しいところも多々あるのだが、11月の実演の記憶に照らすと、少し残念。ライヴ的なミスもあったが、音楽はもっと生命に満ちていた。
全曲を聴いた9人の中で、飛び抜けて若い長谷川さんだが、その実力、音楽性に、あらためて感心した。
奇を衒わず、正攻法でありながら、長谷川さんだけの表現があること。
この顔触れに伍して、なお、楽章によってはベストを争う表現ができること。
録音後、半年を経た11月の実演が更に素晴らしかったことを思えば、これから彼女のバッハがどれだけ大きくなっていくのか、実に楽しみである。

ヤープ・テア・リンデン

  19:11 3:18 4:54 2:52 2:53 3:28 1:46                                                                        
リンデン盤ジャケット
(HMF HMX2957216〜17)
録音;1996年10月21〜28日、イギリス・サマセット、チャード、フォルデ修道院。
 
テア・リンデン(1947年生れ)は、トン・コープマンのアンサンブルをはじめ、数多くのバロック・アンサンブル、オーケストラで活躍している。
使用楽器は、1725〜30年頃のカルロ・ベルゴンツィ作。
バロック・チェロによる演奏。やや重心の低い音色が心地よい。(注、↑のビルスマは、バロック・チェロではなく、通常のストラディヴァリウスにガット弦を張り、モダンの弓で演奏したもの。)
とりわけプレリュードでは、ゆったりしたテンポと相まって、何とも快い響きである。
格別の個性はないが、ガット弦の音色が美しく、聴き映えがする。特に和音の響きの美しいこと!

アントニオ・メネセス

                18:57 3:37 3:32 2:00 4:12 3:04 2:32                                                          
メネセス盤ジャケット
(Philips PHCP-1414〜15)
録音;1993年10月14〜16日、12月18〜19日、東京、カザルスホール。
 
メネセス(1957年生れ)はブラジル出身、ヤニグロに学び、1982年のチャイコフスキー・コンクールの優勝者。カラヤンに見出され、レコード・デビュー。
使用楽器は、もとカザルスが愛用した1733年のゴフリラー作。
真摯で好感の持てる音楽だが、ちょっと息が短いのが気に障る。
カザルス遺愛の銘器ゴフリラーを使用…というのが売り文句の一つだが、音的な魅力もイマイチ。

ペーター・ブルンス

                              19:46 2:56 3:39 2:53 3:35 3:28 3:15                                            
ブルンス盤ジャケット
(OPUS111 OPS30-176〜77)
録音;1996年5月、パリ、St Jean de Grenelle Church。
 
ブルンス(1963年生れ)はベルリン出身、1988年以来シュターツカペレ・ドレスデンの首席奏者を勤めている。
使用楽器は、1730年ヴェネツィア製、カルロ・トノーニ作。一時期カザルスが所蔵していたとのこと。
ブルンスはシュターツカペレ・ドレスデンの首席奏者だが、ガット弦を使用した古楽奏法によっているようだ。
古楽系のバッハとして、それなりの完成度には達しており、聴いている分には楽しめるが、「彼ならでは」という特色は薄いように思う。
あえて横の線を切り、フレーズフレーズを独立させたようなフレージングが、少々ギクシャクした、落ち着きのない聴感を与える。

ダヴィド・ゲリンガス

                                            22:22 3:40 3:30 3:28 4:26 4:46 2:32                              
ゲリンガス盤ジャケット
(CANYON PCCL-00296)
録音;1994年12月17〜19日、チェコ、イーロヴェ、聖ヤン・フス教会。
 
ゲリンガス(1946年生れ)はリトアニア出身。ロストロポーヴィッチに学び、1970年チャイコフスキー・コンクール優勝。その後ドイツに移る。
音のキレが抜群に良く、とても上手い人だと思う。音色的には斉諧生の好みではないのだが…。
とりわけ、活気に溢れたアルマンドや、快調の上にも快調なブーレジーグが気に入った。
サラバンドも、たっぷりとした歌で聴かせる。
速いテンポのプレリュードが、ちょっとエチュードっぽく響くのと、クーラントが落ち着かなくなったのは残念。

ピーター・ウィスペルウェイ

                                                          22:39 5:39 4:47 1:58 3:35 4:27 2:13                
ウィスペルウェイ盤ジャケット
(Channnel Classics CCS12298)
録音;1998年1月、オランダ、Church of Valkkoog
 
ウィスペルウェイ(生年不詳)はバロックから現代音楽までのレパートリーを、古楽器もモダン楽器も使って演奏する。
ここでは、1710年バラク・ノーマン作のバロック・チェロを使用。
古楽器を用い、その奏法に拠っているが、やろうとしている音楽は非常にモダンの奏者に近いように思う。乱暴に言うなら、折衷的で、彼が目指しているものが見えない演奏。
サラバンドで、旋律が下降した底の音を、別声部、あたかもオルガンのペダル音のように扱ったフレージングは彼独自のものだろうが、極めて疑問。

鈴木秀美

                                                                        30:28 4:24 10:05 3:35 4:47 3:40 3:57  
鈴木盤ジャケット
(DHM BVCD-1908〜09)
録音;1995年9月4〜8日、オランダ、ハーレム、ルター教会
 
鈴木秀美(1957年生れ)の初録音だが、日本人の古楽器による演奏としては初めてだろう。
5弦のチェロ・ピッコロ、18世紀前半のドイツの無名氏作のものを使用。
↑のビルスマ(鈴木の師でもある)同様、5弦のチェロ・ピッコロによる演奏。
楽器の鳴り・音色が、ビルスマ盤よりずっと良く、まずまず5弦のメリットを享受できた。
演奏者の意識は、古楽派というより、むしろ現代楽器の奏者に接近しているように思える。斉諧生的にはその方がありがたい。
アルマンドなど、10分を超える演奏時間が示すように、かなり遅いテンポによる、やや憂いの色を帯びた歌が感動的な音楽であった。
速いテンポのガヴォットIでは20小節に、繰り返しのたびに異なる装飾が加えられたのが、実に美しかった。力強いジーグでは、5弦の高音がビーンとした響きで快感。
(ガヴォットIIは、後半の繰り返しを省略して前半をもう一度反復するという処理。=AABBではなくAABAという形)
 

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