特集 ルクー;ピアノ四重奏曲(未完) 聴き比べ


1894年、24歳で夭折したルクーが死の床で
第2楽章のしめくくりかたがわかった!
 第3楽章の主題も全部、浮かんできた。
 この曲は3楽章にするんだから、そうしたら終りだ。
 終楽章は前の二つより、もっともっと美しくなるよ!
と、うわごとのように口走ったという未完の佳曲。
 
 第2楽章の結尾は作曲者の死後に師ダンディが補筆した。
 
名作ヴァイオリン・ソナタと同様、巨匠イザイから委嘱されたもので、
その細部に至るまで考えていくと自分でも怖ろしくなるほどの情感を、この曲に盛り込もうとしているのです。
子供らしい喜び、春のあけぼのの情景…そしてまた秋と涙のメランコリー、あるいは最も痛ましい叫び…僕は自分の魂のすべてを音楽に注ぎ入れようと、心身をすりへらしています。
と書き送った、文字どおり彫心鏤骨の遺作である。
 
引用はSFM盤LPの解説(濱田滋郎)より。
 
斉諧生この曲を愛惜すること久しく、1930年代のSP録音は未架蔵ながら、LP・CDは手に入る限りの盤を蒐集してきた。
以下、CD9種を録音年順に配し、最後にLP2種を掲げる。

ダニエル・ブルーメンタール(P)タノス・アダモプーロス(Vn)クリストフ・デジャルディンス(Va)ギルバート・ザンロンギ(Vc)(KOCH)
"Musique en Wallonie"のロゴが付いている。1987年の録音。
少し以前の録音ながら音質が良い。
ヴァイオリンの音色・音程は好みではないが、ヴィオラとチェロは寂びのきいた音色が好もしい。とりわけ、こういう音のヴィオラは貴重な存在ではないか。
そうした音と切り離せないのかもしれないが、音楽が少し重い。ピアノも含め、全員がそういう音楽を目指しているようだ。
良く言えば「シンフォニックな熱演」であり、これを好む人もいるだろうが、ルクーというよりシューマンになってしまったと感じられる。
第1楽章15分39秒、第2楽章12分38秒。
 
ドーマス(RICERCAR)
英hyperionの録音で知られる、ピアノ四重奏の団体。
これはルクー没後100年記念に作られた、CD9枚からなる全集の1枚で、録音は1991年8月。
冒頭、ややせわしない感もあるが、熱に浮いた感じが良く出ている
弦楽器の線が少し細いのが残念だが、上手いことは上手いし、4人のバランスも良い。
第2楽章は速めのテンポながら、雰囲気は十分。
この曲のファースト・チョイスとして真っ先にお薦めできる演奏だと思う(まだ手に入るだろうか?)。
第1楽章14分29秒、第2楽章9分4秒。
 
E.イザイ・アンサンブル(VOX TEMPORIS)
1991年11月の録音、カプリングはルクーの初期作3曲で、世界初録音だったという。
ヴァイオリンの音色・音程が斉諧生の好みから外れることと、ピアノが伴奏然としているのがもの足りない。
採るとすれば、第1楽章が3分の1ほど進んだ部分(練習番号8)、ppp指定のあたりでの、ひそやかな味わいか。
第2楽章は速めのテンポ、ちょっと素っ気なく流れすぎ。
第1楽章14分45秒、第2楽章9分55秒。
 
ウィリアム・グラント・ナボレ(P)ブリンディシQ(Accord)
録音月日は明記してあるのに年が書いていない妙なデータ表記。マルPは1992年である。
各楽器とも音が薄っぺらく、音色の魅力に欠ける。これはこもり気味の録音のせいかもしれないが。
テュッティの響きも雑然としており、ピアノも情感に乏しい。
第1楽章14分38秒、第2楽章11分36秒。
 
シュピラー・トリオ、オスカー・リジー(Va)(ARTS)
リリースされたのはつい最近だが、1992年3月21日の録音とある。明記されていないが、会場ノイズも聴かれることからライヴ録音と判断される。
ずいぶんゆっくりと始まるのに吃驚。
上手い人が揃っていると見えて音色が美しく丁寧に弾いているが、反面、リズムが立たない。ドイツ系の団体ゆえの鈍さだろうか。
逆に第2楽章はサラサラ流れすぎて、情感に乏しくなってしまった。
第1楽章;16分20秒、第2楽章;11分ちょうど。
 
カンディンスキー四重奏団(Fnac)
どうしたことか、第1楽章のみ収録。録音は1992年8月。
ヴァイオリンは素晴らしい音を出しており、とても上手い。彼(Philippe Aiche)を聴くためだけにでも買っていいディスク。
ところがピアノがどうにも大味、ズシンズシン鳴らすばかりで、抒情が飛んでしまった。
それでもヴァイオリンは捨てがたい。第2楽章も聴きたかった。
第1楽章14分18秒。
 
アンサンブル・ミュジク・オブリク(HMF)
現代音楽弾きとしても有名なアリス・アデルのピアノが抜群に上手い。彼女を聴くためだけにでも買っていいディスク。
第2楽章の真ん中少し手前でピアノがppに沈むところなど、テンポを落とし、ペダルを巧く使って、格別の味わいを醸し出す。
逆に弦楽器は非力な感が否めず、特に第1楽章の激情的な曲想では線の細さが気に懸かる。
第2楽章は、少し粘り気のある音楽運びが心地よく、しっとりと「とばり」が下りた雰囲気が素晴らしい。ここは聴きもの。
第1楽章15分44秒、第2楽章12分21秒。録音は1994年。
 
サエ・ユン・キム(P)アンドレ・シウィ(Vn)ドミニク・フイブレヒツ(Va)ヤン・シファー(Vc)(Arcobaleno)
「ルクー;ピアノと弦楽のための室内楽曲全集」なるCD3枚組の1。1995年頃の録音。
冒頭から、熱っぽさに心うたれるものがある。
4人の中に突出している人も凹んでいる人もいないという点でバランス・まとまりは良いのだが、その代わりどの楽器もソロの表現力は今一歩。(^^;;;;
熱い共感を取るべき演奏である。
第1楽章;15分10秒、第2楽章;10分45秒
 
ガブリエル四重奏団(LYRINX)
この団体はピアノ四重奏編成。1996年の録音で、一昨年に国内盤仕様で発売された盤である。
冒頭から物凄い勢いで飛び出す。
音にカロリーがあって美しく、メカニックも達者、聴き応え十分である。
ちょっと元気が良すぎるのが難。ルクーの熱っぽさは、もう少しフワフワしていないと…。
この勢いを買う人がいても不思議ではない。一聴をお薦めできる演奏ではある。
第1楽章15分1秒、第2楽章10分24秒。
 
ナタリー・リシュナ(P)ベーカー四重奏団員(SFM、LP)
1960年頃の録音で、米Contemporary社がSFM(the Society for Forgotten Music)というレーベルで発売したもの。長くこの曲唯一のステレオ録音盤であった。
架蔵品は残念ながらオリジナルではなく、1984年に日本ワーナー・パイオニア社(当時)が復刻した盤。
NBC響の名手として知られたイスラエル・ベーカーをはじめ、みな上手で、良く弾いている。
ベルギー〜フランスの香味より、古き良きアメリカといった感じの広がりのある響きだが、これはこれで素晴らしい。
とりわけ第2楽章のトロリとした甘さは蠱惑的。CDへの復刻を望みたい佳演である。
第1楽章14分53秒、第2楽章9分29秒。
 
グレトリー四重奏団(白ALPHA、LP)
1950年代、LP初期のモノラル録音盤。LP期には、上記SFM盤とこれとSP録音が1種、計3回しか録音されなかったとか。
録音年代のせいか、ピアノの音が遠く、古めかしい。
しかしながら、弦の音はいずれも美しく録れている。もちろん、奏者の音そのものが美しいのである。
前のめりのリズムは、ルクーの熱に浮かれた感じを良く出しているという以上に、あたかも作曲家が生き急いださまを写しているかのようである。
第1楽章が3分の1ほど進んだ部分(練習番号8)では大きくテンポを落として嫋々と、楽章終結では息の長い高揚が物凄く
現代の演奏家からは得られない、音楽の振幅の大きさが貴重である。
それ以上に素晴らしいのが第2楽章で、ゆったりとした、自由に伸縮する歩みからは、夢見心地にたゆたう音楽が立ちのぼる
上記のようにピアノの音が冴えないのは残念だが、これまたCDへの復刻を望みたい名演である。
第1楽章15分32秒、第2楽章13分10秒(実測)
 
第一にお薦めしたいのはドーマスのRICERCAR盤。
これに次ぐのは、シウィ(Vn)キム(P)らのArcobaleno盤だが、前者が入手できれば不要かもしれない。
 
捨てがたいのはHMF盤でのアデルのピアノとFnac盤でのAicheのヴァイオリンで、この曲を愛する人には聴いてほしいものである。
ガブリエル四重奏団盤(LYRINX)の音色美が、これに次ぐ。
 
もっともLP両盤がCD化されれば、特にグレトリー四重奏団盤(ALPHA)は、すべてのCDを凌ぐ内容を持つのではないか。

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