附随音楽「チトラ」 op.43

作曲年代 1921
形態 管弦楽
テキスト タゴール (詳細はに)
初演 1921/3/29
ヨェーテボリ
 
出版 未出版
編成 弦楽合奏、チェレスタ
演奏時間 14'(3楽章版)
その他 原曲はコントラバスを含む弦楽五重奏とチェレスタ
ヒルディング・ルーセンベリによる3楽章の組曲版(1959)がある

ディスコグラフィ

(弦楽五重奏版)
ウプサラ室内合奏団
ストックホルム、
西方教会
ニルス・エーリク・スパーフ(Vn)
ヨアヒム・ヴェンデル(Vn)
ジェイムズ・ホルトン(Va)
ラルス・フリュクホルム(Vc)
スタッファン・ショーホルム(Cb,Celesta)
CD: LCM C-115
1988/5/30〜31,6/1  
(7楽章版)
ネーメ・ヤルヴィ
ヨェーテボリ、
コンサート・ホール
ヨェーテボリ響 CD: BIS CD476
1989/5/19〜20      
(組曲版)
ヘルベルト・ブロムシュテット
ストックホルム、
コンサート・ホール
ストックホルム・フィル LP: 瑞EMI
CSDS1072
1966/12/13,15,16
1967/2/13
     
       
エサ・ペッカ・サロネン
ストックホルム、
ベールヴァルド・ホール
スウェーデン放送響 CD: Musica Sveciae
MSCD626
1989/4/13      
ミカエル・バートシュ
ヘンメシェー教会 ムジカ・ヴィタエ CD: INTIM MUSIC IMCD 076
2001/5/14〜16      

(タゴールについて)
著者について  ラビンドラナト・タゴール(1861〜1941)は、20世紀前半におけるインド最大の文化人として知られる。詩人・文学者・哲学者・評論家として活躍し、作曲・絵画でも業績を残した。
 インド東北部ベンガル地方の名家に生まれ、幼時から文学・音楽に親しみ、8歳で最初の詩作を行ったという。1878年にイギリスに留学し、ロンドン大学で英文学を修めた。
 インドの文学・哲学を学ぶとともにヨーロッパ文学にも精通し、東西文化の交流を重視。汎神論に基づく自然愛・人類愛を唱え、世界市民の理想を強調した。
 1912年、自ら英訳した詩集『ギーターンジャリ』(邦訳;岩波文庫)が評判になり、イェイツの推薦によって出版され、翌1913年、アジア人として初めてノーベル文学賞を受ける。
 なお、ガンディーとの交友は有名で、彼に「マハトマ(偉大な魂)」の称号を贈ったのはタゴールである。
タゴールと音楽  ノーベル文学賞受賞をきっかけに、タゴールの作品はヨーロッパで広く知られるようになった。ツェムリンスキー;抒情交響曲(1923年)がタゴールの詞によることは有名だが、ミヨーカセッラカステルヌオーヴォ・テデスコヤナーチェク等も付曲しているという。
「チトラ」について  題名はベンガル語で"Chitrangada"(チットランゴダ)。1891年、タゴール30歳の作で、インドの民族的叙事詩『マハーバーラタ』中のエピソードを大幅に翻案した全1幕の戯曲。
 民衆に親しまれている『マハーバーラタ』に基づいていることもあって、彼の戯曲中、最も上演回数が多いものと言われている。なお、タゴールは、晩年(1936年)、この作品を舞踊劇に改作し、インド各地で上演した。
 「春の息吹がその一行一行をとおして伝わってくる。それは感覚的な歓びに恍惚としてときめいている。劇の主題は春の魅力と感覚を酔わせる春の魔力である。」(K.クリパラーニ、上記邦訳書解説より)
あらすじ <第1場>
 モニプル王国の王女・チットランゴダ姫は、男として養育され、武術・帝王学を教え込まれた。ある日、森の中で高名な勇者にして修行者、オルジュンに出会い、初めて恋慕の情に目覚める。オルジュンに拒まれたチットランゴダは、愛の神と春の神に祈り、1年間の期限を定めて絶世の美女に変身する。
<第2場>
 オルジュンが、池の畔で見かけた絶世の美女への思いを募らせているところへ、その美女(実はチットランゴダ姫)が訪れてくる。修行は捨てたというオルジュンの求愛を、美女は拒み、じらす。
<第3場>
 チットランゴダ姫は、忍んできたオルジュンと結ばれたものの、彼が愛しているのは本当の自分ではなく、変身した仮の姿であることを思って、失望と嫉妬に苛まれる。
 組曲第3楽章"Allegro appassionato"は、この場の冒頭、チットランゴダ姫が愛の神と春の神に苦悩を訴える場面の音楽。
<第4場>
 愛の日々を送る2人。オルジュンは美女を故郷に連れ帰ろうとするが、美女は永続する幸福など存在しない、ひとときの快楽に浸ろうと説く。
 組曲第1楽章"Andante sostenuto"は、この場の終結、夜の臥所へ誘う美女に、オルジュンが家郷の幸せを諭す場面の音楽。
<第5場>
 「わしは疲れた」と愚痴る春の神を、「もう長くはない」と愛の神が励ます。
<第6場>
 さすがに倦んできたオルジュンは狩に出たいと話すが、美女は「この跳びはねる牝鹿を射止めてごらんなさいまし」と挑発する。
<第7場>
 オルジュンを翻弄する罪深さにおののくチットランゴダ姫を、愛の神は「狩猟に情は無用」と励ます。
<第8場>
 すべてを捧げてほしいと素姓を尋ねるオルジュンに、美女は何ものも自分を縛ることはできない、残された僅かな日々を思う存分に過ごせと、はぐらかす。
<第9場>
 オルジュンは、森の住人から武勇に長けたチットランゴダ姫の名を聞いて関心を持つ。美女は「見るに耐えぬ醜女」と罵るが、オルジュンの興味は高まるばかり。心乱れ、涙をこぼす美女。
<第10場>
 約束の1年が終わる最後の夜を控え、チットランゴダ姫は愛の神と春の神に、自分の姿をさらに燃え輝かせてください、と祈る。
 組曲第2楽章"Tempo moderato. Allegretto mosso, sempre dolcissimo"は、この場面の音楽。
<第11場>
 最後の夜が明け、チットランゴダ姫は名を名乗り正体を現して、欺いたことを詫び、妊娠を告げるとともに、あらためて求愛する。喜ぶオルジュン。 〜大団円〜
   
1921年、
ストックホルムで
再演された際の
舞台写真。
( MSCD626の
ブックレットより)
チトラ、舞台写真
   
(注)  上記のあらすじは、『タゴール著作集 第6巻 戯曲集』(1982年、第三文明社)所収の「チットランゴダ」(奈良毅・大西正幸訳)による。
 上欄の舞台写真に相当すると思われる場面はないので、上演台本は違う形だったことも考えられる。
 
 なお、音楽と場面の関係については、前記邦訳とMSCD626のライナーノートの記事(Bo Wallnerによる)を併せ考え、斉諧生の判断で記述した。
 ただし、7楽章版との異同なども考慮すると、多少の疑問が生じなくもない。上演台本やオリジナル・スコア等を精査した研究が待たれる。