« コチシュのK.414ほか | メイン | カントロフのシューベルト »

2004年09月20日

シベリウス;第3交響曲の新譜を聴く

最近注目の新譜が相次いだシベリウス;交響曲第3番を聴く。
レイフ・セーゲルスタム(指揮) デンマーク国立放送響(CHANDOS)
セーゲルスタムの旧全集は不出来という評価を下して以来、ほとんど顧みたことがなかったので、聴き比べのレファレンスを兼ねて聴き直してみる。
第一印象としては、「思いこんでいたほどには悪くない」という感じ。
雰囲気的には面白いところもあり、例えば第1楽章で第2主題が提示されるときに醸される憂愁の響きなど、指揮者の表現意欲・表現力をよく示すものだ。
ただやはり「緩さ」を感じる面がある。最初は録音のせいかと思ったが、弦合奏の響きの「幅」はおそらく音程の問題だろうし、木管の音色に抑制が欠けていたり管弦問わずフレージングがキッパリしていないのは、指揮者の責任だろう。
最大の問題は、第3楽章の後半、主題が全容を現す際の表情が優しすぎ(指定は "con energia")、かつ、そのあとの音楽の運びに推進力を欠く点。
レイフ・セーゲルスタム(指揮) ヘルシンキ・フィル(Ondine)
旧盤よりもオーケストラの精度が格段に向上しているのは指揮者の力か、シベリウスへの習熟度の違いか。
弦合奏の立体感や木管の音色の精妙さ、これでこそシベリウス、と唸らせる響きである。
セーゲルスタムの「癖」のようなものが後退していて聴き易くなっているし、まだ残っている「減速」や「粘り」もこの程度であれば、アクセントというか香辛料として楽しむことができる。
例えば第2楽章中程、3分割されたチェロが高音域で美しいモチーフを絡み合わせる部分での温もりのある佳い音色など、この指揮者の魁偉な髭面の下には本当に暖かい心が宿っているに違いない…と思わせられた。
北欧の音色感とヒューマニスティックな味わいとが両立した、優れたシベリウス演奏の一つといえよう。
 
ただし、同レーベルのムストネン盤が聴かせた清明の極みに比べると、まだまだ…の感が強い。シベリウスの神髄の一端に触れるには、ぜひムストネン盤をお聴きいただきたい。
平成17(2005)年にはムストネン(指揮) ヘルシンキ祝祭管の来日公演が予定されている。
詳細の公演予定はまだ承知しないが、是非聴きに参じたいものである。
エフゲニー・ムラヴィンスキー(指揮) レニングラード・フィル(Altus)
音楽のまばゆい輝きという点では、他に冠絶した演奏。
音の強靱さ(管であれ弦であれ)、目くるめくようなスピード感、キリッと絞り上げられたフレージング、録音の不備を超えて、ぜひぜひ聴かれてほしい音楽である。
この演奏も、シベリウスの神髄の一端に触れるものといえよう(ただしムストネン盤とは反対側の端)。
 
ただ、斉諧生のシベリウス演奏に関する好みからすると、木管の音色感に違和感が強く、直ちにベストを争う盤として指を屈するには躊躇せざるを得ない。
(あるいは録音のせいかもしれず、もし当夜の演奏会場、すなわち1963年10月27日のレニングラード・フィルハーモニー大ホールに居合わせたならば、四の五の言わずにノックアウトされた可能性も十分考えられる。)

投稿者 seikaisei : 2004年09月20日 23:59

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://202.212.99.225/cgi-bin/mt/mt-tb.cgi/110

コメント

はぁ~、ムストネンの真髄まで気づいてらっしゃるとは、流石です。 私は去年夏、アムステルダムにて、ムストネン&祝祭管のシベ6&ベト4を聴いて「どえらい発掘」をしたと喜んでましたが、やっぱり分かる人はわかってますなぁ。 来年の来日はホント、絶対買い、です。 サロネンやサラステなど北欧勢が凄まじいパワーですが、ムストネンもこのまま健やかに育って欲しいものです。

投稿者 隊員 : 2004年09月24日 22:30

隊員さんこんにちは。
やっと気が付いたのですが、メルマガ「爆音!クラシック突撃隊♪」の発行人さんですね! 愛読させていただいております。
先日、吹奏楽版ですが、「ぐるりよざ」を買って聴きました。新宿響のコンサートの記事を拝読して以来、聴きたくてたまらなかったものです。
大変参考になりました。ありがとうございました。

投稿者 斉諧生 : 2004年09月25日 16:52

コメントしてください




保存しますか?

(書式を変更するような一部のHTMLタグを使うことができます)