« 熾烈豪快壮絶、モントゥー米寿の名演 | メイン | コルトの伴奏盤 »

2005年03月22日

堀米ゆず子さん、モーツァルト演奏を語る

朝日新聞アスパラクラブというWebsiteに、堀米ゆず子さんと児玉桃さんのインタビューが掲載されている。
読むためには会員登録しなければいけないが(無料、ただし個人情報必要)、特に堀米さんの発言には注目せざるべからず。
シャーンドル・ヴェーグから学んだというモーツァルト観を披瀝しておられるのだ。
以下、引用。
 
ひとつの曲の中に、たとえば雑踏の中にまぎれこんでいきたいと思うときの心境と、まぎれこんでいてもやっぱり一人だなぁ、とぽつんとした感じとか、そういうのがさりげなく混在している。深淵(しんえん)をのぞき込むような暗さが現れたと思ったら、そのあとこっちを向いてアハハって笑っている。一つの曲の中でそういうシーンを行ったり来たりするんです。
 しかもモーツァルトは心情の移り変わりがぱっと変わる。コロッと変われないとダサイんです。だからモーツァルトをベタッと弾いちゃったり、思い入れを入れ過ぎちゃだめなんです。
 シャンドルベークというザルツブルクで教えていたハンガリー人の名教師がいて、私はこういうことを全部彼から学んだんです。
 彼はモーツァルトには三つの要素がある、と言っていて、一つはカンタービレ…歌うように、もう一つはグラツィオーゾ…本当に優しく優雅な、そして三つ目はリゾリュート…決然と。アパッショナータでもなければ、エスプレッシーヴォでもない。
 だからどうやって弾いたらいいか、迷ったときにはその三つのどれかをあてはめる。
 
「シャンドルベーク」の表記は、ちょっと情けないが(-_-;、モーツァルトに数々の名演を遺したヴェーグ老師の作曲家観として、ぜひぜひ記録しておきたい。
 
更に堀米さんは「モーツァルトのステージは命がけ」と語るのだが、そのあたりは朝日新聞アスパラクラブのWebpageでお読みください。

投稿者 seikaisei : 2005年03月22日 23:05

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://202.212.99.225/cgi-bin/mt/mt-tb.cgi/529

コメント

コメントしてください




保存しますか?

(書式を変更するような一部のHTMLタグを使うことができます)