特集 シューベルト;アルペジオーネ・ソナタ 聴き比べ


 ヴィオラやフルートでも演奏されるが、今回はチェロによるCDが対象。数えてみたら無慮21種を架蔵しており、とても全部は聴ききれないので、冒頭1分ほどを聴いてみて7種を選んだ。
以下、録音順に配列。

ピエール・フルニエ(Vc) ジャン・ユボー(P) (EMI)
1937年5月4日・9月27日、パリでのスタジオ録音。
ちょっと吃驚する顔合わせだが、ともにフランスの代表的演奏家だから不思議に思う方が悪いのかも。フルニエは1906年、ユボーは1917年の生まれだから、それぞれ30歳・20歳前後の若手時代ということになる。
かなり速めのテンポの上、繰り返しをしていないこともあって、演奏時間は17分ちょっと(!)。
滑らかな弓遣いが目に見えるような音楽で、実に流れがよく、演奏スタイルもスタイリッシュ。当時としてはまことに清新な印象を与えたことだろう。
細かい音符で音がカスレ気味になるのと音程が好みから外れるのとで、斉諧生の評価はあまり高くないが、既に大家の風格を備えた傾聴すべき演奏ではあろう。
ただ、SP盤の継ぎ目がはっきりし過ぎるのは興醒め。
なお、彼は晩年、日本でこの曲を再録音している(Sony)。ピアノは小林道夫
 
エルッキ・ラウティオ(Vc) 舘野泉(P) (KING)
1994年6月5日、カザルス・ホールでのライヴ録音。
フィンランド楽壇の重鎮、ラウティオ教授は1931年生まれ。年齢のせいかライヴ(しかもプログラム1曲目)のせいか、演奏上の傷が散見される。
録音上、バランスがピアノに偏り残響が強いのもマイナス。
とはいえ、深みのある音で奏でられる、ゆったりとしてしかも強い音楽には、慈父のごとき包容力を感じる。
この人は、ぜひ、円熟期のスタジオ録音を聴いてみたいものである。バッハ;無伴奏Vc組曲の全曲CDがFINLANDIAにあるそうだが、入手し損ねたまま廃盤になっているのは痛惜の極み。
 
ヨーヨー・マ(Vc) エマニュエル・アックス(P) (Sony Classical)
1995年8月31日、プリンストンでのスタジオ録音。
濡れたような美音と抜群の技術力、ベーレンライター原典版の楽譜に頻出する超高音も楽々と安定して弾きこなす。舌を巻くという以上に度肝を抜かれる演奏である。
しかも、音楽はロマンティックな優しさに満たされている。
終楽章の主題は、西洋音楽の伝統からすれば弾むようなフレージングになるべきところを、ゆったりレガート気味に奏して、何ともいえない懐かしさをかもし出すあたりは、彼の自由な音楽性を遺憾なく発揮したしたところ。
反面、なんの抵抗もなく流れていくので、美しいBGMと化すおそれなしとしない…とは言葉が過ぎようか。
ともあれ、「癒しの時代」は彼の独擅場であろう。
 
ミクローシュ・ペレーニ(Vc) アンドラーシュ・シフ(P) (TELDEC)
1995年9月、オーストリア・モントゼーでのスタジオ録音。
斉諧生にとって、ペレーニに惚れ込み、彼のページを作るまでになるきっかけとなった演奏。この曲を語る上では避けて通れないCDである。
この演奏については↑のページに書いているので参照されたい。今日、聴き直しても印象は変わらない。この曲のベスト盤。
なお、上記のヨーヨー・マと同様、ベーレンライター原典版の音高を変更していない。これは今日の7種の中では2人だけ、ペレーニの技術的な高さを裏付ける一例である。
 
ミシャ・マイスキー(Vc) ダリア・ホヴァラ(P) (DGG)
1996年1月26〜28日、スイス・ラッパースヴィルでのスタジオ録音。
マイスキーには1984年にアルゲリッチと共演した旧録音もあるが(Philips)、彼の個性は新盤の方がはるかに鮮明。
mp以下では柔らかい上にも柔らかい美音で綿々と歌い抜き、ここぞというところはffで激情する。
それに加えて、良く言えば自在で天才的な、悪く言えば強引を通り越して恣意的な、強弱やアゴーギグを連発。
それがツボにはまる人にはカリスマと崇められると思うが(風貌もイエズス・キリストに似る)、合わない者にとっては祟りにあうようなものである(この場合はラモス瑠偉…あ、彼も一部サッカー人にとってはカリスマか)。
 
ヤン・フォーグラー(Vc) ブルーノ・カニーノ(P) (BERLIN CLASSICS)
1997年12月、ハンブルクでのスタジオ録音。
力強く伸びやかな音と安定した技術で、若々しい音楽を奏でている(彼は1964年生まれ)。楽譜に記されているアクセントを活かしているところがポイントだろう。特に終楽章の弾み方はアレグレットにふさわしい。
それでいて、第2楽章終結などでは非常な深みを示す。今後に期待したい、有力な若手奏者だ。
 
ソニア・ヴィーダー・アサートン(Vc) イモージェン・クーパー(P)ほか(BMG)
1998年5月、スイス・シオンでのスタジオ録音。
チェリストは1961年サンフランシスコ生まれ、パリでジャンドロンミュレールらに、モスクワでシャホスカヤに学んだとのこと。公式Webpageは→ここを押して
第1楽章冒頭、ゆっくりめのテンポ、抑えた表情の演奏から立ちのぼるのは、憂愁の情趣。
第2楽章も、皆がここぞと音を張る20〜21小節でも指定どおりのmfにとどめるなど、ひそやかそのもの。だからこそ54・64小節の休符が生きる。
終楽章も、主題は弾ませずにインティメイトな雰囲気を維持し、溶けていくような終結を導く。
これは期待以上にいい演奏で、本日随一の収穫
まだまだ知られていない人だが、相当な実力の持ち主だろう。技術的にも高いものを持つと見えて、ベーレンライター原典版の音高は、第1楽章178〜79小節を除いて守っている。

(注) 楽譜について
 斉諧生所蔵の譜面は、全音楽譜出版社から出ているベーレンライター原典版(国際シューベルト協会 編)というもの。
 元来がチェロのための作品でないことから色々な演奏譜があるらしく、音の扱いはチェリストごとに違うと言っていいくらい。
 終楽章最後の2つの音が好例で、両方ともアルコの人、両方ともピツィカートの人、最後だけをピツィカートにする人、またアルペジオに開く人もいて、千差万別。
 特に違いが目立つのは、フレーズ規模でオクターヴ上下に移動している箇所。数も多く、しかも演奏者によって扱いが異なるが、概ねベーレンライター原典版が最も高い音域を使っている。

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