この年表は、柴田南雄の「演奏における時代様式の変遷」理論の参考として作成したものである。
 以下に、柴田氏の文章をもとに、この理論の要約を示す。
 まとめるに当たり、主として柴田南雄『わたしの名曲・レコード探訪』(音楽の友社、昭和56年)を参考とした。

作曲と演奏に共通する時代様式

 作曲上の時代様式と演奏上の時代様式とは、敏感に反応し合い、交感し合い、両者は一種の平行現象となっている。ある時代に発生した音楽的アイディアは、作曲家にも演奏家にも同じように作用し、それぞれの形で実践される。これは、芸術家の個性や才能を否定したり軽視するものではなく、それを超えた問題であるといえる。

演奏家の個性と時代様式

 演奏家の個人様式に大差があるのは当然である。従来、個人様式の差か、せいぜい世代による様式の際だけが問題にされてきた傾向があるが、時代様式という大きな観点からの観察をも、個人の演奏スタイルの検証の要件に加えることにより、我々の音楽鑑賞の視座をより確かなものにし、結果として楽しみをより豊かに、喜びをより大きくすることが可能となる。


それぞれの時代様式と特徴

ロマン主義
ロマン主義の時代様式にぞくする演奏家たち
パハマン(1848〜1933)が二十歳前後に自分のスタイルを確立したとすれば、それは1870年前後の頃であろう。作曲様式の上では未だロマン主義のたけなわの頃であり、パハマンのショパン演奏も情緒の色濃い、心情のままテンポを自由に動かす、じつに嫋々たる趣を持っている。
指揮者:ニキシュ、シャルク、ヴァインガルトナー、ワルター
ピアニスト:パデレフスキ、ザウアー

表現主義
表現主義の時代様式にぞくする演奏家たち
・作曲家
シェーンベルクの「浄夜」(1899)からベルクのオペラ「ルル」(1935)まで。レーガー、フィッツナー、スクリャービン。一時期のプロコフィエフやストラヴィンスキー
・作曲様式の特徴
調子感のあいまい化(メロディーにシャープやフラットがたくさんつく)、旋律が思いがけぬ方向に進む、旋律が大きく跳躍する、広闊なリズムがとつぜん小きざみになる、拍子やテンポが頻繁に変わる、高い方や低い方の極端な音域が好んで使われる、楽器から未知の音色を抽き出す、古典派からロマン派にかけての形式感が崩れてモチーフが自由な発展を見せる、などの特徴が見られる。
・演奏様式の特徴
大枠でこのカテゴリーにぞくすると思われるピアニスト、指揮者、弦楽器奏者はけっして少なくない。その人たちの生年はほぼ1870年代を中心に、1880年代にまで及んでいる。ということは、1890年代から1900年代にかけて、つまり世紀末から世紀の変り目にかけての芸術界の諸現象を背景にして、彼らの演奏様式が形成されたことを意味する。
コルトーのショパン演奏は典型的に表現主義的であると思う。極端な音域の強調(高音の旋律にさらにオクターヴ高い音を付加している場合がある)、細かいリズムをさらに短くひくこと(ショパンの作品18のワルツの冒頭が好例)、和音をアルページョふうにひくことによる拍子感のあいまい化(ほとんどの曲で)など、表現主義の作曲様式と彼の演奏上の特徴には多くの共通点がある。
シュナーベルのベートーヴェン演奏における、突っかかるようなリズム、とつぜんの奔走、室内楽における協演者におかまいなしの独走ぶりなどもまさにこの時代様式のものである。
メンゲルベルクくらい、このスタイルの特徴を露呈させている人はいない。そしてフルトヴェングラーである。どちらもくせが強く、破格であり、陶酔的である。後者はいわば一個の天才としての個人様式が強烈に全面に出ているが、カテゴリーとしては疑いもなく表現主義である。
ピアニスト:フリードマン
弦楽器奏者:フーベルマン、カザルス
歌手:デスティン、メルヒオール

新古典主義(新即物主義)
新古典主義=新即物主義の時代様式にぞくする演奏家たち
第一次大戦直後から、作曲様式は一変する。後期ロマン派=表現主義の、大編成による主観的な鬱然たる大曲に代わって、簡素な編成、明快な形式感と透明な響きをもつ、いわゆる新古典主義(ストラヴィンスキー、ヒンデミット、フランスの六人組など)の様式が両大戦間の主流となる。これと平行して、演奏スタイルもまた、楽譜に忠実、正しいリズム、不変のテンポを金科玉条とした。そして過度の情緒や虚飾を排して客観性を重んじた。それを一種の形式主義と称することもできるが、要するに前の時代の表現主義への激しい反動が起こったのである。
指揮者:F・ブッシュ、ベーム、セル、カラヤン
ピアニスト:ギーゼキング、ケンプ、ゼルキン、アラウ、ホロヴィッツ
弦楽器奏者:A・ブッシュ、シゲティ、ミルシテイン、プロアルテQ、ブッシュQ、ブダペストQ

ミュジック・セリエル
ミュジック・セリエルの時代様式にぞくする演奏家たち
ミュジック・セリエルとは音列音楽と訳す作曲技法上の術語で、音の高さ、長さ(リズム)、強さ(強弱)、音色(タッチ、ニュアンス)、方向感などに多くの段階を設け、これを順列・組合せ式に配列して多彩な感覚的な変化を結果するような作曲法である。メシアンが第二次大戦直後に考え出した手法をだんだん発展させたものである。
指揮者:ブーレーズ
弦楽器奏者:ジュリアードQ

偶然性・即興性の音楽
偶然性・即興性の時代様式にぞくする演奏家たち
ジョン・ケージの偶然音楽は何といっても第二次大戦後の最大のインパクトたるを失わないが、彼が西洋音楽の領域に導入した偶然とか即興の要素、また通称「4’33”」と呼ばれる何も演奏しないピアノ曲のように、原点に立ち戻って初心からの再出発を宣言したような行為はある種の演奏家にも影響を与えずにはおかなかった。
グールドのバッハ演奏がいかに創造的であるか。また彼のモーツァルト・ソナタ全集がいかに非伝承的であるか。ケージがピアノという西洋音楽そのものを担っている楽器に何も語らせない、という行為と、グールドがモーツァルトというもっとも優美な、西洋音楽の神髄ともいうべき曲譜をあのように非伝承的に、あるばあい非音楽的に取扱った行為とは、同じ音楽精神の顕現にほかならない。それは1950年代後半から60年代を通じての、知識人一般の思潮と共通している。
指揮者:カラヤン(1960年代)
ピアニスト:高橋悠治

ミニマル・ミュージック
ミニマル・ミュージックの時代様式にぞくする演奏家たち
これはケージに端を発して第三世界の音楽現象を作曲の素材とする傾向がさらに進み、ごく短小な、簡単な音素材を即興的に積み重ねながら、えんえんと鳴り響く場を設定する、といった趣の音楽で、1960年代半ばにアメリカに起こりオイルショック(1973)後にはヨーロッパにも急速に広まった。演奏家ではロンドンを中心とする戦後派の新人たちの、けっして髪ふり乱して熱演などしない、静かでクールで低カロリーの、伝承や形式にとらわれぬ自由な演奏がこれに平行する現象であると思う。
指揮者:チェリビダッケ
ピアニスト:ブレンデル、バレンボイム、ルプー
弦楽器奏者:ズッカーマン


作曲家・演奏家 生没年対比年表


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