(1) バッハ;無伴奏ソナタとパルティータ (全曲) |
(ART UNION、ART-3028・ART-3032) |
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(第1集)
パルティータ第3番 ホ長調
ソナタ第2番 イ短調
パルティータ第2番 ニ短調 |
斉諧生が和波のヴァイオリンに惚れ込んだのは、このバッハのCDに接して以来である。
この録音では、技巧上の難点が影を潜め、彼の美質だけが前面に出ている。暖かい音色、美しい和音が全曲を一貫して、バッハの慈愛で聴き手の胸をいっぱいにする。
一点一画をおろそかにせず、端正な造型の中で、ときに踏み込んだ表現も見せるが、古典の矩を超える手前で引く節度が絶妙。難曲、パルティータ第2番のシャコンヌでも、喜び、悲しみや畏れを表現してやまない。また、舞曲のリズムと歌の要素が両立できている点も素晴らしい。
録音も、ヴァイオリンのCDに関して望みうるベストといっていいもので、金属的なところが全くない。ウジェーヌ・イザイ遺愛の弓を特に貸与されたことも、この美音にあずかって力あったのだろうか。
日本人によるバッハ;無伴奏全曲録音のベストを争うのみならず、世界の巨匠・有名奏者たちの音盤と比べても、互角あるいは更に優れた面を持つ演奏として、立派に存在価値を主張できるものであろう。 この曲集のCDのファースト・チョイスとして推薦したい名盤である。 |
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(第2集)
ソナタ第1番 ト短調
パルティータ第1番 ロ短調
ソナタ第3番 ハ長調 |
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(2) ブルッフ;ヴァイオリン協奏曲第1番 ト短調 |
(ART UNION ART-3005) |
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アナトール・フィストラーリ(指揮) ニュー・フィルハーモニア管 |
上記のバッハ同様、世界的なレベルに達しているのが、ブルッフ;ヴァイオリン協奏曲第1番。
第1楽章の序奏から入魂の演奏であり、ゆったりしたテンポに乗って、暖かく豊かな音色で歌い抜いく。終始美しい音色で技巧の乱れもなく、これぞロマンティックと言いたい(少しセンチメンタルではあるが)音楽に、聴く者を酔わせてくれる。この演奏を聴いて「ああ、なんて美しいんだろう」と思わない人はいないのではないか。
協演に名匠アナトール・フィストゥラーリを得たのも心強い。第1楽章終結での弦合奏の美しさ、第2楽章後半でのテンポのたゆたいの見事さ、ホルンの響きを生かしたコクのある音色が効果的な第3楽章など、まことに充実した管弦楽である。 併録のチャイコフスキーは、ふっくらしたフィストラーリの伴奏ともども、丁寧に弾かれた暖かく美しい演奏。反面いくぶん春風駘蕩として、この曲の野趣や躍動が十分には表現されていない憾みがあり、数多い名盤の中では分が悪いかもしれない。 なお、CHANDOSレーベルを興す直前のブライアン・カズンズが担当した録音の見事さも特筆すべきもの。
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(3) ブラームス;ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 |
(IMP CLASSIC PCD-1062) |
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エイドリアン・リーパー(指揮) ロンドン・フィル |
バッハのCDを聴いて和波のヴァイオリンに惹かれはじめた頃、彼が1995年の「第26回サントリー音楽賞」を受け、その記念コンサートが大阪でも開かれた(1996年3月13日、ザ・シンフォニー・ホール)。
その時のブラームス;ヴァイオリン協奏曲の素晴らしかったこと! 厳しい曲想では弓を弦にぶつけるようなボウイングのために音が割れ気味になるものの、常には深いヴィヴラートを掛けた美音で、端正でひたむきな緊張感の高い音楽。第1楽章のカデンツァあたりから満堂が引き込まれ、楽章が終わったところで感動の拍手が湧き起こったほど。これで斉諧生は、完全に和波のファンになってしまった。
CDでも、そのときの感動を思い出させる、真摯な演奏を聴くことができる。
実演同様、気迫を込めて弦に体当たりするようなアクセントや、思いの丈をうち明けるようなテヌートやレガートを織り交ぜながら、ブラームスの音楽に同化し、共感し、没入した感動的な演奏である。
また、指揮者のリーパー(廉価盤専門というイメージで損をしている)と、ロンドン・フィルも、手堅く立派な協演を聴かせてくれる。
もちろん名盤の多い曲のこと、和波盤がベスト・ワンとまでは言わないが、ぜひ耳にしていただきたいと願う。
カプリングのシューマンは録音の少ない曲だが、シェリング、クレーメル、F.P.ツィンマーマンといった強力な競合盤が存在する。 これらの中では少し遜色があるかもしれないが、和波自身「重厚なたくましさと、ロマンティックな美しさを兼ね備えた作品の雰囲気は、正にシューマンならではのものであり、深い味わいを湛えた名曲」と述べているような、曲の良さが十分発揮された演奏といえよう。
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(4) イザイ;無伴奏ヴァイオリン・ソナタ (全集) |
(SOMM SOMMCD-012) |
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第1番 ト短調 (献呈;ヨーゼフ・シゲティ) 第2番 イ短調 (献呈;ジャック・ティボー) 第3番 ニ短調 (献呈;ジョルジュ・エネスコ) 第4番 ホ短調 (献呈;フリッツ・クライスラー) 第5番 ト長調 (献呈;マチュー・クリックボーム) 第6番 ホ長調 (献呈;マヌエル・キロガ) |
この曲集の全曲録音を2回果たしたのは、今のところ彼だけだ。 1回目は、まだ26歳だった1971年、当時唯一のステレオ盤全集としてLP2枚組で発売され、同年の「文化庁芸術祭優秀賞」を受賞した。 それ以降、特にCD期に入って全曲盤が増え、特に日本人奏者の録音は(少なくとも)8種を数え、和波の新旧両盤を加えて10種あることになる。 この新盤(1997年録音)は、さすがに曲が手の内に入っている感じで、どの曲も説得力が強い。 和波は自身のWebpageに
「これを単なる華やかな技巧曲として演奏するのは危険なことです。作品の奥底には、イザイのヴァイオリンという楽器への並々ならぬ愛情と、後輩のヴァイオリニスト達への熱い思いが流れていると、私は考えています。ヴァイオリンの音の魅力やスピード感に加えて、そうしたイザイの内面性も表現したいというのが、イザイを弾くときの私の姿勢です。」
と書いているが、「愛情」と「熱い思い」という点にかけては、他の諸盤を圧しているだろう。 メカニカルな面でも十全、熱っぽく弾いているが響きが荒れないのはスタジオ録音のメリット。 同曲異盤の中で、ベスト・ワンとは言わないまでも、非常に有力な演奏であるといえるだろう。 |
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(5) 「ユーモレスク/和波孝禧との輝けるひととき」 |
(ART UNION ART-3008) |
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土屋美寧子(P) |
5枚目には、特にストラディヴァリの銘器(1736)を貸与されて録音した、小品集第1作を挙げる。収録曲は左記のとおり、知名度優先ではない選曲に、まず感心させられる。 ゆっくりしたナンバーの出来が良く、とりわけラフマニノフ;ヴォカリーズとドヴォルザーク;ユーモレスクが素晴らしい。前者ではヴィブラートを強く掛けて綿々と歌い抜くが、ただの泣き節ではなく、どこか気品を感じさせるところが得難い美質だし、後者で重音が奏でられる部分の美しさ・懐かしさは筆舌に尽くしがたい。 また、アウリン;子守歌は愛惜佳曲書に掲げた「4つの水彩画」の第3曲。あまりポピュラーな作品ではないはずだが、和波は少年時代に師・江藤俊哉のコンサートで接して感激したという。 「以来、ことある毎に、私はこの大好きな曲を演奏し、『涙が出るほど美しい』と喜ばれたものでした。 (略) 先生が与えて下さったこの愛らしい作品との出会いもまた、私の少年時代の大切な思い出なのです。」とライナーノートに記している。 音楽への愛情がこぼれ落ちそうなほど、気持のこもった演奏だ。
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収録曲(作曲者のABC順) アウリン;子守歌 バッハ(ウィルヘルミ編);G線上のアリア ブラームス(クライスラー編);ハンガリー舞曲第17番 ドビュッシー(キャランバ編);「パスピエ」 ドヴォルザーク(ゼンガー編);ユーモレスク クライスラー;「愛の喜び」・「愛の悲しみ」・「中国の太鼓」 クロール;バンジョーとヴァイオリン マスネ;タイスの瞑想曲 ノヴァチェク;無窮動 パラディス;シシリエンヌ ポルディーニ(クライスラー編);踊る人形 ラフマニノフ(ギンゴールド編);ヴォカリーズ ラヴェル;ハバネラ形式の小品 シマノフスキ;アレトゥーザの泉
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