この頁は序論に当たる部分で、書きぶりが硬くなっています。なんでしたら、次のあらすじと名場面からごらんください。

 

懐かしの東映長編動画
 斉諧生のように1960年代に子ども時代を過ごした人間にとって、東映の長編動画は、ちょっと特別な懐かしさと切り離すことができない。
 もちろんTVでは「オバケのQ太郎」をはじめ数々のアニメーション番組に親しんでいた。それでも、親に連れられて映画館で見たり、夏休みの夜に小学校の運動場(体育館ではなく!)で見た、「西遊記」「わんわん忠臣蔵」などの東映長編動画は、その古風な題材と柔らかな色彩、そして何よりも妙にクネクネした動きで、独特の雰囲気を湛えていたのである。

 動きの問題は、最近アニメーションのことを少し調べたので、1秒当たりの画の枚数の問題であることがわかった。TVアニメは短期間に製作されるため、画の枚数が節約されるのが常で、その分パッパッと絵が動く。技術的には映画の方が本道で、より滑らかに動くのだが、TVアニメに慣れた目には「妙にクネクネ」と映るのである。

 

日本アニメ史上に輝く傑作
 ここでとりあげる映画「わんぱく王子の大蛇退治」は、1963年に公開された東映長編動画第6作に当たる作品で、今なお日本アニメーション史における記念碑的名作として数えられるものである。
 
 ストーリー自体は、記紀神話の須佐之男(すさのお)の高天原追放と八岐大蛇(やまたのおろち)退治の物語を、いくぶん子ども向け・家族向けにアレンジしただけのもので、同じ東映長編動画でも5年後の「太陽の王子ホルスの大冒険」のような社会性・文学性を持つものではない。

 1960年代、アニメーション映画は若者や大人が観るものではなく、母親に連れられた小学生が主な(唯一の)客層であったから、古事記の記述どおりに須佐之男が馬の生皮を剥いだり天衣織女が梭で女陰を突いて死ぬわけにはいかない。
 映画では、母の国へ赴こうとするスサノオを、父(伊邪那岐命(いざなぎのみこと)にしては神威に欠けるが)・兄(ツクヨミ、月読命)・姉(アマテラス、天照大神)が、あるいはそっと見守り、あるいは陰日向に応援してやるという、家族の情愛を背景とする物語に仕上げられている。
 ついでながら、主人公スサノオの声優「住田知仁」とは、子役時代の風間杜夫である。

 

画期的な製作体制
 では、なにゆえにこの作品は日本アニメーション史に残る傑作とされるのか。
 
 まず第一に、製作体制の点で、画期的だったということがある。
 この作品で、初めて作画監督(製作時の東映での呼称は「原画監督」)が置かれ、何人もの原画家が作画を分担するアニメーション映画において、全編の絵柄に統一感を持たせることが意図された。

 作画監督を命じられたのは森康二(森やすじ)、東映長編動画の発足当時から作画の中心となり、のち1970年代には「山ねずみロッキーチャック」「アルプスの少女ハイジ」「フランダースの犬」といったTVアニメーションを生み出す人物である。

 更に新東宝の助監督出身の芹川有吾が「演出」として実写映画での「監督」的な役割を果たすなど、ようやく長編アニメーション映画の製作体制が一応の完成を見た。

 その他では、東映入社間もない高畑勲が演出助手に加わり、彼が後に数々の名作を監督する出発点となった。

 

優れたスタッフによる素晴らしい作画
 第二に、こうした統轄体制のもと、東映動画の優れたスタッフが存分に腕を振るい、素晴らしい作画を行った点である。
 
この映画では、主人公(スサノオ)が母の国を捜す旅につれて、舞台とキャラクターが交替し、様々なエピソードが語られる。
 この形式を、当時のスタッフたちは「串団子」と呼んだそうだ(主人公の旅=「串」、各エピソード=「団子」)。
 作画監督と演出のもとに全体的な統一を図りつつ、各エピソードを別々の原画家が担当し、背景の画風やキャラクターのデザインが変化することで観客の興味を惹きつけ、小さな盛り上がりを繰り返しながらラストの大山場すなわちスサノオとヤマタノオロチの戦闘シーンに雪崩れ込む。
 
 主要なキャラクターは森康二(作画監督兼任)、怪魚アクルは古沢日出夫、ツクヨミと夜のオス国は奥山玲子、火の神は楠部大吉郎、アメノウズメの舞は永沢詢彦根範夫、スサノオと大蛇の戦闘場面は大塚康生月岡貞夫といった、当時の東映動画のベテラン・新鋭スタッフの優れた技術力は、四十数年を経て今なお生命を失わない。

 

二つの名場面
 中でも名場面として知られるのは、音楽と動画が緊密に結合し見事な相乗効果を発揮したアメノウズメの舞のシーン、そしてスサノオとヤマタノオロチの戦闘シーンである。
 前者については別項を設けて詳述する。
 後者は、後に「ルパン三世」シリーズなかんずく不朽の名画「ルパン三世 カリオストロの城」を作画監督した大塚康生が中心となって描かれたもので、キャラクターの躍動とスピード感、手に汗握らせるスリリングな作画は、今なお多くのアニメーション関係者が一つの理想と仰ぐものとなっている。
 この両場面、DVDを買った(借りた)際には、ぜひ真っ先にごらんいただきたい。40年以上前のお子様向けアニメという先入主がものの見事に裏切られること、必定!

 

伊福部昭とアニメーション映画
 伊福部昭は多数の映画音楽を担当している。「ゴジラ」シリーズはあまりにも有名だが、特撮映画では「大魔神」、文芸ものでは「ビルマの竪琴」(市川昆監督)・「源氏物語」(吉村公三郎監督、長谷川一夫主演)、時代劇は「十三人の刺客」(工藤栄一監督)・「座頭市」シリーズ(三隅研次監督)、黒澤明の映画でも「静かなる決闘」の音楽を担当した。
 このように豊富な伊福部昭の映画音楽作品の中で、「わんぱく王子〜」は唯一のアニメーション映画だ。人選の経緯は不明だが、同じ日本神話を扱った東宝映画「日本誕生」(1959年、稲垣浩監督)での音楽が評価されたのではないかと言われている。
 もっとも伊福部ファンから見れば、出雲の隣国因幡の古い家系の出身であり系譜上はスサノオや大国主の後裔に当たる彼を起用するのは、きわめて当然なのだが(笑)。

 伊福部自身は、戦時中に軍がフィリピンで接収してきたフィルムでディズニーの「ファンタジア」を見ていて、アニメーション映画に多少の関心は持っていたようだ。
 アニメーション映画での音楽の役割について、伊福部自身は、

アニメ映画は大変ですね。アニメの場合、音楽がもっと内に入っていって、これは悲しい絵なんだよ、というふうに、音楽がかなり説明的になりますね。劇映画ですと、演技者がうまく演じればそれでそういった感じが出るんですが、絵だとやっぱりねえ、限界があるものですから。
(小林淳『伊福部昭の映画音楽』ワイズ出版)

と語っている。

 こうした事情で、上映時間86分に対し、楽曲数63・演奏時間約70分の音楽が作曲された。
 更に効果音も楽音でということになり、例えばドングリが落ちて狸の頭に当たる音は木魚で表現された。その他にも梵鐘、和太鼓、箏、笙、ミュージカルソー、ビブラフォン、チェレスタ、ウインドマシン、スライドホイッスル、キハダ(
参考)など和楽器・特殊楽器が多数使用されており、音楽も含め録音に4日を要したという。

ただし、CDの交響組曲版では、特殊楽器はかなり整理されている。

 

ぜひCDを、DVDを
 斉諧生は幼時にこの映画を見る機会には恵まれなかった。「ガリバーの宇宙旅行」なども見ているのだから、なぜこれだけ見られなかったのか、少々不思議だが。
 数年前、交響組曲版がCDで出た折りにWeb上の知人から教えられ、ずっと気に懸かっていたのだが、ようやく今年(2006年)夏にCDを入手、その音楽の素晴らしさに驚嘆した。
 次いでDVDを借りて、作画の見事さ・映像と音楽が協働する水準の高さに圧倒され、その後DVDを購入するに至った。
 このページを御覧になるのは、基本的には音楽ファンだと思うが、ぜひぜひDVDを購入(ないしレンタル)されて、実際の映像と音楽に触れていただきたい。
 伊福部昭が「ゴジラ」だけの作曲家ではないこと、また、日本のアニメーション発展に大きな貢献を果たしたことが、少しでも世人に知られることを願ってやまない。


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