ディスク・モンテーニュTCE8790より   名匠列伝
 

デジレ・エミール・アンゲルブレシュト

Désiré Emile Inghelbrecht

(1880-1965)


 

 デジレ・エミール・アンゲルブレシュトは、1880年9月17日、パリ生れ。父はパリ・オペラ座のヴァイオリン奏者、母もピアノとヴァイオリンの演奏家という環境で、7歳からパリ音楽院でヴァイオリンと作曲を学んだ(もっとも14歳の時に放校処分を受けている。)。

 指揮活動は、1905年、25歳の時から開始。1908年にはフローラン・シュミット;「サロメの悲劇」を初演したほか、ラヴェルルーセル等、新しい音楽を手がけた。演奏会評もよくしていたドビュッシーに認められたのは、そうしたことからであったろうか。
 1911年の「聖セバスチャンの殉教」初演に際しては合唱指揮をつとめ、翌年には全曲の指揮も行った。ドビュッシーとの親交は作曲家の死去まで続き、内外でドビュッシーのスペシャリストとして知られるようになる。

 

 1913年にシャンゼリゼ劇場の指揮者に就任、ムソルグスキー;「ボリス・ゴドゥノフ」原典版のフランス初演等を手がけた。ディアギレフのロシア・バレエ団でも一時指揮を取り(マルケヴィッチの項参照)、それから分れたジャン・ボルランのスウェーデン・バレエ団(といっても本拠はパリ)の指揮者(1920〜23)としても活動し、このときミヨーらの合作バレエ「エッフェル塔の花嫁」を初演した。

リチャード・バックル著『ディアギレフ』によれば、1927年に久しぶりにロシア・バレエ団の公演を指揮したときに、「白鳥の湖」の一部を倍遅いテンポで振ってしまい、ダンサー達から解雇の署名運動を起こされたという。

 第一次世界大戦後、パリ・オペラ・コミーク(1924〜25)、コンセール・パドルー(1928〜32)、アルジェ・オペラ(1929〜30)の指揮者を歴任し、1934年には新設のフランス国立放送管弦楽団の初代首席指揮者に迎えられた。短期間でこのオーケストラの水準を第一級まで引き上げたが、第二次世界大戦に遭遇し、楽団も解散同様になってしまう。

 戦後はパリ・オペラ座の音楽監督(1945〜50)をつとめ、1951〜58年にはフランス国立放送管の首席指揮者に復帰。また、シャンゼリゼ劇場等で指揮活動を行った。
 1957年、古澤淑子(Sop)がドビュッシー;歌劇「ペレアスとメリザンド」日本初演の指揮をとるよう招請したが、高齢を理由に固辞、代りにジャン・フルネを紹介したという。
 
 1965年2月14日、パリで逝去。

 

ディスク・モンテーニュTCE8790より

 録音はSP時代から行っており、「カルメン」前奏曲・間奏曲「アルルの女」第1・第2組曲「ペール・ギュント」第1組曲が代表盤であった。あまり注目されなかったらしいが、ドビュッシー;夜想曲も全曲録音を果たしている。
 LP時代には主にデュクレテ・トムソンにフォーレ、ドビュッシー、ラヴェルを多く録音した(詳細はディスコグラフィ参照)。

実のところ、斉諧生はデュクレテ・トムソン盤は架蔵はおろか、現物を見たこともない。中古LP市場でも稀覯盤扱いで、通販業者のカタログでは数万円の値付けが普通である。英テスタメントあたりから丁寧なCD復刻が発売されることを期待したい。

 デュクレテ・トムソンの窓口が日本に無かったため、アンゲルブレシュトは長く、良く言えば「知る人ぞ知る」、悪くいえば忘れられた指揮者であった。1979年に東芝から「聖セバスチャンの殉教」フォーレ;レクイエムが再発されたことが再認識のきっかけとなり、1984年に出たLP5枚組の「アンゲルブレシュトの芸術」(ドビュッシー録音の集成、1990年にCD化。)で、この名匠への評価が確立した。CD時代になってディスク・モンテーニュから発売された1962年録音の「ペレアスとメリザンド」全曲が絶讃を浴び、1988年のレコード・アカデミー大賞を受けたことは記憶に新しい。

フランス国立放送管との縁が深かったから、放送局のアルヒーフに多数の録音が残されていることは想像に難くない。実際、1985年、仏エラートからLP3枚組でドビュッシーの集成が出たし、CDでもSTEFというレーベルの学校用とおぼしい音楽史シリーズでウェーバーやワーグナーの断片が出ている。今後の発掘に期待したい。

ETCETERA:KTC1157より

 アンゲルブレシュトは作曲もずいぶん手がけており、シルマー社のサイトにあるオーケストラ用貸し譜カタログにも二十数曲が掲載されている。録音の数はあまり多くないが、Charlinレーベルにジャン・フルネが録音した「レクイエム」は最近CD復刻され、また「フルートとハープのためのソナチネ」は、複数のCDが出ている。
 なお、「聖セバスチャンの殉教」は、ダヌンツィオの台本による舞踊劇で、全5幕上演に4時間を要するといわれる。このため、通常、「交響的断章」(約20分。初演の全体指揮をしたアンドレ・キャプレが再構成したもの)が演奏されるが、アンゲルブレシュトは妻とともに、ナレーションによって各場面を接続してドビュッシーが付曲した音楽全てを上演する版を作成した。近年ではマイケル・ティルソン・トーマスの録音が、これによっている筈である。

 


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