音盤狂日録


12月30日(日): 休日のこととて朝寝を決め込み、日が高くなってから起き出してWebをチェックしたら、あちこちのクラシック系Webpageで朝比奈隆氏の訃報を報じているので吃驚。入院のニュースは伺っていたが、そこまでの御病状とは知らず、年明けには御復帰と思い込んでいたのである。
 斉諧生は、あまり実演に参じたことはなく、そのときも正直申して芳しくない印象しか持てなかった。
 しかしながら、ベートーヴェン;交響曲第3番の1977年東京文化会館ライヴと、ブルックナー;交響曲第7番の1975年聖フロリアン修道院ライヴについては、今なお両曲のベストに数えうる名演奏であり、世界に誇れるものだと信じている。
 最晩年の音楽には毀誉褒貶さまざまな評価があったとはいえ、上海やハルビンでの指揮活動からベルリン・フィルをはじめ世界のオーケストラへの客演、大阪フィルの育成など、20世紀の日本とともに歩んだ60年余の音楽生活は、不朽の金字塔といえよう。

 今年最後の忘年会に出るついでに1点、今年最後の買い物。

グレゴル・ピアティゴルスキー(Vc)アルトゥール・ルービンシュタイン(P) ブラームス;Vcソナタ第1・2番(BMG)
24Bitでリマスタリングされたルービンシュタイン全集が出たときから気になっており、単売されれば買うつもりだった。
今月の新譜で国内盤がリリースされ、輸入盤を待つかどうか迷っていたところ、知人から日本語解説に重要な情報があると御教示いただき、さっそく入手したもの。
すなわち、
ピアティゴルスキーは、1936年に初来日した。この時、大先輩の名歌手シャリアピンから、『レコードの吹き込みを頼まれたら何もいわずに引き受けろ』と書いたメモを渡され、ビクターから録音を依頼されたピアティゴルスキーは帰国直前にテッサリーニ「アダージョとプレスト」リリ・ブーランジェ「夜想曲」という小品2曲を録音したところ、信じられないような高額の謝礼だったので、シャリアピンの忠告に感謝したという。」(浅里公三)
とある。
このSPは、先だって(別な)知人の御好意で入手している。今回、当時の事情も知ることができた。併せて御厚恩に感謝したい。

 新年を控え、山本紅雲(1896〜1993)描く「午」をトップページに掲載。
 作曲家・演奏家 生没年 対比年表のデータを更新。
 
 なお、年内の更新は今日が最後。明日から1月2日まで小旅行しますので、次回の更新は3日以降になると思います。
 皆様、よいお年をお迎えください。<(_ _)>


12月29日(土): 

 通信販売の荷物が3口、配達された。

トマス・ダウスゴー(指揮)スウェーデン室内管、ベートーヴェン;交響曲第7番ほか(SIMAX)
ノルディックサウンド広島から、ダウスゴーとスウェーデン室内管によるベートーヴェン・チクルス第4弾が届いた。
いち早く聴かれた方からは、アバドよりも速い狂乱のテンポで、しかも完璧に(!)演奏しているとのレポートを頂いている。楽しみ楽しみ。
劇音楽「エグモント」(全曲)をカプリング。これも珍しい。
 
シュザンヌ・ラモン(Vc)カトリーヌ・コラール(P) ブラームス;Vcソナタ第1・2番(Arkes)
AbeilleMusique.comというはじめて利用する通販サイトから。
↑のピアニストを愛好されるネット上の知人から、御教示をいただいたもの。
AbeilleMusique.com で検索すると第1番第1楽章がまるまる試聴できる。斉諧生好みの寂びのきいた硬質な音色のチェロ、演奏もなかなか良さそうな様子なので、まとめてオーダーしてみた。
チェリストは1946年ブダペシュト生まれ。ハンガリー動乱時に家族でイスラエルへ亡命、テル・アヴィヴの音楽院で勉強していたところ、アンドレ・ナヴァラに見いだされてパリ音楽院に留学。各種コンクールで優秀な成績を収め、最後はロストロポーヴィッチの推輓でキャリアを形成したという。
ピアニストジョルジュ・シフラには実の娘のように可愛がられ、カトリーヌ・コラールとは若い頃に共演を重ねた仲とのこと。
コラールは1993年に亡くなっているが、このCDは1990年2月22〜23日に録音されている。
なお、オーダーからわずか9日ほどで到着した。オーダー・ステータスが見られないのと、発送のメールが来ないのはチト不親切だが、送料がAlapage.comより安いので、また利用してみたい。
 
シュザンヌ・ラモン(Vc)ナタリア・トロウル(P) ラフマニノフ;Vcソナタ&カバレフスキー;Vcソナタ(Arkes)
これもAbeilleMusique.comから。
ラフマニノフのソナタは、あれこれ聴いてみたい曲なのでオーダー。
こちらのピアニストは1956年レニングラード生れ、モスクワで学び、1993年にはアレクサンドル・ラザレフボリショイ響に帯同して来日したこともあるとか。
録音は1993年11月(コラールが同年10月に亡くなったことをあわせ考えざるを得ない)。
ボーナスCDとして、1974年3月録音のコダーイ;無伴奏Vcソナタが収められている。LPで出ていたものの覆刻らしい。
 
シュザンヌ・ラモン(Vc) バッハ;無伴奏Vc組曲(全曲)(Arkes)
これもAbeilleMusique.comから。
バッハの無伴奏曲集は、Vn・Vcとも、なるべく集めておきたいのでオーダー。
PCの画面ではよくわからなかったのだが、現物が届いてみて吃驚。
CDを縦に2枚並べたブック形式で、ジャケット、ブックレット、CDのレーベル面にシャガールのステンドグラスをあしらった美麗なもの。
しかもブックレットは、チェリスト本人がボウイングを入れた全6曲の楽譜付き! これは単なるサービスという以上に、この曲集の場合、ひとつの見識ではなかろうか。
先年、聴き比べをしたとき、フレージング、装飾音の扱い、和音の処理などが、チェリストごとに千差万別。想像以上に異なっているので、驚いたものである。
こちらは2000年の新録音。
なお、ジャケットにレーベルの公式WebpageのURLが入っているが、今日現在、コンテンツは存在していないようだ。→ここを押して
 
イングリッド・トビアソン(M-S)シクステン・エールリング(指揮)スウェーデン王立歌劇場管、ワーグナー;ヴェーゼンドンク歌曲集&マーラー;「亡き子を偲ぶ歌」ほか(Caprice)
スウェーデンの長老指揮者、エールリング(1918年生)の新録音(2000年6月7〜9日)。
ノルディックサウンド広島ニュースレター35号によれば、セミー・スタールハンメルのソロ(?)が聴けるというので、彼の音盤蒐集の一環として購入。
もちろん、上記ニュースレターにもあるように、演奏内容も素晴らしいとのこと。
ヴァインベルガー;管弦楽のための「大きな栗の木の下で」をカプリング。例の童謡の主題に基づく変奏曲らしい。これも面白そう。(^^)
 
ヤーッコ・クーシスト(Vn)ミカ・ヴァユリネン(アコーディオン)ほか、「タンゴ・フォー・フォー その2 TANGO for fourNo.2 」(FINLANDIA)
ミカ・ヴァユリネンのアルバムは買わざるべからず。
このユニット、昨年初めに第1弾が出た。標記2人の他、カッレ・エルコマ(P)とヤーン・ヴェスマン(エレクトリック・ベース)が加わった四重奏。
今回、ピアソラの作品がレビラード天使のミロンガの2曲だけで、大半が北欧の作品なのはちょっと寂しい。
これもノルディックサウンド広島から。
 
イーゴリ・マルケヴィッチ(指揮)フィルハーモニア管、ヘンデル;合奏協奏曲 ニ長調 op.6-5 &ブラームス;ハイドン変奏曲(仏EMI、LP)
マルケヴィッチの未架蔵音源を通販業者のカタログで見つけ、直ちにオーダー、確保したもの。
妙なカプリングだが、元来は別々に録音・発売されたものらしい。
しかもヘンデルというのが、「ミスター春祭」と異名をとった指揮者にしては、首を傾げるレパートリー。
まあ、バッハ;音楽の捧げ物を自分で管弦楽編曲して録音した人なので、バロックへの関心もあったのだろうが…。
矢代秋雄『オルフェオの死』(音楽之友社)によれば、1960年(初来日時)に日フィルで演奏したようなので、お気に入りの曲だったと思われる。op.6の他の曲はまったく録音していない。
ヘンデルは1950年、ブラームスは51年の録音。

12月28日(金): 

 

ホアキン・アチュカロ(P)マヌエル・ガルドゥフ(指揮)バレンシア管、ロドリーゴ;P協ほか(Sony Classical)
スペインの至宝、ホアキン・アチュカロ。
先だっての来日に際して、広島交響楽団及び東京交響楽団と共演して大好評を博した標記の曲を、CDでなりとも聴いてみようと思い、あちこちの音盤屋で捜していたが、ようやく在庫のあるところを見つけ、購入。
元来、「英雄協奏曲」の名で発表された名技性の色濃い作品だったそうだが、ここではピアニスト自身が(もちろん作曲者の許諾のもとに)、「より内面的に」改訂した版に拠っている。
「遥か彼方を求めて」「青いユリのために」管楽合奏のためのアダージョの、管弦楽作品3曲をカプリング。
なお、珍しく国内盤。

12月27日(木): 今日は退勤後に大阪・梅田で北欧音楽MLの小オフ。

 集合場所の音盤店で、それにふさわしい(?)新譜を購入

パーヴォ・ヤルヴィ(指揮)エストニア国立響、シベリウス;歌劇「塔の乙女」&劇音楽「ペレアスとメリザンド」ほか(Virgin)
息子ヤルヴィの北欧音楽も聴き逃せないので購入。
「塔の乙女」は、シベリウス若書きの、唯一のオペラ(演奏時間36分強)。
これを1983年に世界初録音したのが、親父ヤルヴィだった。それに続く録音ということになる。
カルロス・クライバーのレパートリーがエーリヒ・クライバー譲りだというのは、故・福永陽一郎氏の指摘だが、ヤルヴィ親子もそうなのだろうか。
「悲しきワルツ」をフィルアップ。

12月26日(水): 

 

宇野功芳(指揮)アンサンブルSakuraほか、ベートーヴェン;交響曲第9番(自主製作)
このオーケストラとの演奏は、どう聴いても「寝床」(@古典落語)状態で感心しかねるのだが、とにもかくにも宇野師のCDは買わざるべからず。
2001年7月1日、所沢市民文化センターでのライヴ録音。
自筆のライナーノートでは、
これが生涯最後の『第九』になるかも知れず、CDとなって後世に残っても恥ずかしくない演奏にしたい
と心に期しておられたとあり、また、
オーケストラの諸君の格段の進歩、その努力の跡に心からの敬意を表する。ここには明らかに彼らのベスト演奏が刻み込まれている。
とあるものの、拾い聴きした範囲では、まだまだ鑑賞に堪えるレベルではないように思う。
LP時代にTRIOあたりから出ていた女声合唱曲集がCD復刻されないものだろうか。そちらの方がよほどよほど上質な音楽だと信じるが。
ところで、
大阪公演の『エロイカ』でやりすぎた、という深い反省があった。あのようなCDが出ることには耐えられない
とも書いておられるが、いかがなものだろう。無責任の譏りを免れ得まい。
 
ジョン・バルビローリ(指揮)ハレ管、「英国音楽集」(DUTTON)
バターワース;「シュロップシャーの若者」が収録されているというからには買わざるべからず。
ただ、1956年6月20日の録音…というから、架蔵済みの米MercuryのLP(SR90115)と同じ音源である。少し落胆。
CDのデータには英PYEレーベルからのリリースと記載されており、オリジナル盤のジャケット写真も掲載されているのだが、両社の関係はどういうことだったのだろうか?
その他、CD2枚に、
バックス;ファンドの庭園(1956年6月21日)
RVW;「グリーンスリーヴズ」幻想曲(1948年2月26日)
同;タリスの主題による幻想曲(1946年6月6日)
エルガー;エニグマ変奏曲(1947年5月12日)
パーセル(バルビローリ編);弦楽合奏組曲(1956年6月22日)
など、計11曲が収められている。
 
ヤン・ルングレン(P)ほか、「フォア・リスナーズ・オンリー」(SITTEL)
スウェーデンの美音ジャズ・ピアニスト、ラングレンの未架蔵盤を購入。
先日、ヴィクター・ヤングアルバムを入手したおりに、もう一点、新譜があることに気づいた。→ここを押して
捜していたところ、今日立ち寄った輸入CD屋の店頭で発見したもの。

12月24日(休): 

 「パーヴォ・ベリルンド(ベルグルンド)のシベリウスは、どの演奏を選ぶか」第5回
 
 今日は、第5番を。この曲も全集盤3点のみ。
 
 後期交響曲の中で最もよく演奏される曲である。晦渋さがなく、金管の動機が広々と雄渾に高揚して終結するあたりが人気の源泉であろうか。ジョルジュ・プレートルエンリケ・バティス等、到底シベリウス指揮者のイメージがない面々の録音さえ存在する。
 
 全曲の終結が、まことに特徴的。総奏の和音が6回、全休止を挟みながら、轟然と鳴らされる。休止符のところで耳を澄ますと、指揮者の足音、唸り声、指揮棒を一閃させるときに腕が空を切る音などまで聞こえるのが面白い。(笑)
 ここで楽譜上の問題が一つ。
 6回の和音のうち、1・5・6番目のみティンパニが加わるのだが、1番目には2つの、5・6番目には1つの前打音が付されている。
 特に後者では、ティンパニがフライングしたか、そうでなくても、えらく間が抜けたように聴こえることが多い。このため、前打音を省略する場合も少なからずある。
 一般的に言えば、昔は省略させるケースが多く、原典指向の風潮が強い最近では叩かせることが多い。
 ベリルンドの演奏に関しては、1970年代のボーンマス響盤から、楽譜どおりの処理となっている。現在 Wilhelm Hansen社から出版されているスコアは彼が校訂したものであり、そうした学識のゆえであろう。
 
 なお、出版譜には楽章の区分がないが、ここでは通用に従って3つの楽章区分を用いる。

ボーンマス響盤 (Disky) (1973年6月)
 
ヘルシンキ・フィル盤 (EMI) (1986年12月)
 
ヨーロッパ室内管盤 (FINLANDIA) (1996年12月)
 
結論から先に書いてしまうと、ベストとして採るべきはヨーロッパ室内管盤である。
ここで鳴っているのは、もはや楽器の音ではない。自然の音である。
それは北欧の動物植物気候風土には限らないかもしれない。人間の内部、意識によって管理される層の更に深奥に存在する自然かもしれない。
 
第1楽章はHrnと木管の動機反復で始まるが、それが一段落して弦合奏が入ってくるときの fz の響き(急激に p に落とされる)を耳にしただけで、ベリルンドがヨーロッパ室内管から引き出している音が普通のオーケストラの楽音ではないことが聴いて取れるはずだ。
弦の刻み、HrnやClのこだま、Fgの歌…いずれも人間の手になるものとは思えない、遠く離れた世界の音だ。
楽章前半から後半へ移行する部分( Hansen のミニチュア・スコアでは28頁)、金管の猛然たるクレッシェンドとHrnの咆哮は、おそらく他盤から聴くことはできまい。そこで世界が急変し、広々とした風景が現前するのだ。
楽章終結では、もっと音量壮大な演奏がいくらもあるだろうけれど、シベリウスの音楽はそれを求めてはいないことが、このCDから明らかになる。
 
第2楽章の主題はピツィカートで提示されるが、それがアルコで奏されるとき、絶妙なディミヌエンドが醸し出す、音楽のたゆたい、懐かしさ、はかなげな情趣。この感触も他の指揮者からは聴けないものだろう。
この楽章の終わり、弦が歌い納めるところのリタルダンドはずいぶん控えめだが、やはり自然は微笑まないのであろう。
 
第3楽章では、楽章の終わり近く、Vc以上の弦楽器が第2主題を奏ではじめ("Un pochettino largamente")、更にTrpが動機を反復しだすと("largamente assai")、Va以上の弦楽器が第2主題の前半を2度繰り返す。
ここでの浄福感、これこそシベリウスを聴くよろこびであり、音楽を聴く幸福である。
作曲家が第5交響曲の仕上げにかかり第6・7交響曲のデッサンも始めていた頃、1915年4月21日午前11時10分前。
16羽の白鳥が彼の上を旋回し、やがて陽光の照るもやの中を、銀のリボンのように消えて行った」(『作曲家別名曲解説ライブラリー 北欧の巨匠』音楽之友社)
その鳴き声はトランペットに近いものだったという。
シベリウスが楽譜に書き付けた、この「生涯の最も大きな感銘の一つ」を、純粋なかたちで追体験する瞬間である。
 
惜しむらくは、楽章終結でTrbあたりが、ちょっと割れた、生々しい音を出してしまうところである。ここがスカッとした透明度の高い吹奏で終始しておれば…。
 
もちろんヘルシンキ・フィル盤も素晴らしい演奏であり、これだけを他盤と比較すれば、じゅうぶんベストを争う高みに達している。
ヨーロッパ室内管盤より優れているのは、木管の音色である。Flの明るい清澄さ、Obの可憐な美しさは、こちらの大きな特色だ。
特にObはヨーロッパ室内管のアキレス腱であり、ここにこだわる人はヘルシンキ・フィル盤を採ることになるだろう。
 
上述した第2楽章の主題のたゆたいや、第3楽章の浄福感は、この演奏でも聴くことができる。ヨーロッパ室内管盤と比較しなければ、十二分に満足できるものだ。
 
ただ、やはり編成の大きさからか、録音(残響)の加減からか、対位法や内声の意味深い動きの表出という点では、一歩を譲らざるをえない。
弦合奏の音なども、まだまだ「楽器の音」に聴こえるのである。
 
これら2盤に比べると、ボーンマス響盤はずいぶん落ちる。
表現の方向性は既に固まっていたようで、その面では大きな差はないのだが、オーケストラの技量が、かなり劣るようだ。
音程が悪いのか弦合奏の和音が汚いし、強奏時には雑然としてしまう。
また、録音(ないしマスタリング)が悪いのか、音が全体にぼやけて聴こえ、緊張感が削がれている。

 ついでに、3点を比較試聴。

タウノ・ハンニカイネン(指揮)シンフォニア・オブ・ロンドン (EMI) (1959年頃録音)
ハンニカイネンは、その名のとおりフィンランドの指揮者(1896年生・1968年没)。シベリウスを得意としたが、録音は乏しく、このほかに第2番「カレリア」組曲(以上EMI)、第4番「レミンカイネン」組曲「フィンランディア」(以上MELODYA) 程度しか残っていない。
しかし遺された演奏はいずれも素晴らしいもの。今回、第5番を聴き直してみて、あらためて芸格の高さに感じ入った。
第1楽章冒頭、Hrnの雄渾な美しさに、まず魅せられる。続く木管のパッセージにも、凛とした気高さが漂う(Obのみ、英国の団体特有の癖を感じるが…)。
Timpの意味深い響き、Trpの英雄的な音色、内声を吹くHrnの意味深さ等々、ただただ聴き惚れるばかり。
弦合奏もことのほか上手。人数が少なく、オンマイクで録音されていることから、対位法的な絡み合いをよく聴き取ることができ、また、管楽器とのバランスも良好で、音楽が立体的になっている。
特筆したいのは、第1楽章後半のテンポ。ベリルンドをはじめ最近の録音ではあまり聴いたことのない快速で、コーダのプレストでは更にアクセルを踏み込む。これはなかなか快感であった。
また第2楽章終結では、弦に大きめのリタルダンドがかけられ、ノスタルジックな温かみが立ちのぼる。これはこれで、胸一杯。
惜しむらくは、第3楽章終結の高揚で、Trpが非力なのか、音にヴィブラートがかかること。ちょっと感銘を損なってしまった。
 
オーレ・シュミット(指揮)ロイヤル・フィル (RPO) (1996年3月録音)
オーレ・シュミットはデンマークの大ヴェテラン(1928年生まれ)、ニールセンのスペシャリストとして有名である(最近、全集がREGISレーベルで再発売された)。
これはバジェット・プライスで売られていたもので、その後も怪しげなレーベルから繰り返し再発されているらしい。
しかしながら、演奏は素晴らしい。オーケストラ全体に透明感があり、シベリウス演奏にふさわしい響きになっている。
また、楽器間のバランスの取り方が絶妙で、特に低弦とTimpが雄弁(録音上の工夫があるのかもしれない)。この両者を聴いているだけでも飽きない。
木管も音色・和音が綺麗で、そこかしこで美しく煌めいている。
指揮者も絶好調で、全体に劇性の強い表現を取る。とりわけ第1楽章のコーダが最高。
まず、入りの雄々しさに身震いするが、プレストに入ると、Hrn・Trp・Trbが歌い交わし呼応しながら、凄まじいスピードで突進していく。まことに壮麗、いや豪壮な音楽といえよう。
 
ヘルベルト・フォン・カラヤン(指揮)ベルリン・フィル (DGG) (1965年2月録音)
一般には評価の高い演奏だが、斉諧生的には首をひねる結果となった。
木管楽器は総じて上手い。さすが!と感じさせるソロを連発する。
ところが、弦楽器の透明度が低く、生暖かい。カラヤンのリズムがベッタリしていることもあって、清涼感・晴朗感に欠ける。
特に第1楽章の前半から後半へ移行する部分、本来なら一気に新しい世界が開ける心地がするはずのところなのに、まったく快感が得られない。
この弦合奏は、第2楽章終わりの"poco largamente"でも粘りすぎ、情趣を損なってしまっている。
更に疑問を覚えたのは金管の扱い。
第1楽章終結や第3楽章終結の高揚で、TrpやHrnの音色のコントロールができておらず、あえて悪い言葉を使えば、下品な「ラッパ節」になってしまっている。
なお、斉諧生架蔵盤は"GALLERIA"シリーズとしてリリースされたもの(439 982-2)。良質のLPか、リマスタリングされたORIGINALSシリーズで聴けばまた違った感想になるかもしれないので、その点は保留しておきたい。

12月22日(土): 

 「パーヴォ・ベリルンド(ベルグルンド)のシベリウスは、どの演奏を選ぶか」第4回
 
 今日は、第1番を。この曲も全集盤3点のみ。
 
 第2番の陰に隠れて一般的な人気が低く、後期交響曲の好きなマニアからも軽んじられる不遇な曲である。実際、チャイコフスキー的な要素もあり(クラリネットで始まるところなど第5交響曲を連想させる)、いつぞや秋山和慶氏は「ワーグナーの影響を強く感じる」と語っておられた(たしか黛敏郎時代の「題名のない音楽会」)。
 とはいえ、和声感にはシベリウス以外の何者でもない個性が刻印されているし、フルートのきらめきやティンパニの打ち込み、金管の厳しい自然の息吹等々、後期の名曲につながるものも多い。
 また各楽章とも旋律的な美しさが際立っており、とりわけ終楽章の緩徐主題など、チト映画音楽風に響くところさえある(笑)。
 
 第2番では愛国的心情が鼓舞され高揚して讃歌のうちに終結するが(これがこの曲の人気の所以だろう)、この曲は、旋律の美しさにもかかわらず、むしろ厳しさ・重苦しさを終始感じさせつつ、苦みのあるピツィカートで閉じられる。
 斉諧生按ずるに、これはやはり独立前のフィンランドにおける帝政ロシアの圧迫と、それとの闘争を抜きには語れないものではなかろうか。
 ヘルシンキでの初演が大成功を収めたのも、この音楽に民族の運命を重ね合わせて聴いた人が多かったからではないかと想像する。
 そういう悲愴感や闘争の趣を強く感じさせるカール・フォン・ガラグリ盤(Berlin Classics)が、斉諧生にとってのベストだが、ベリルンドの表現や如何。

ボーンマス響盤 (Disky) (1974年9月)
第1楽章冒頭のClソロは、やや明るいが立派な出来。ここまでの試聴ではいつも弱さを嘆いてきたボーンマス響の木管だが、この曲では不満を感じない。最初の高揚のあと、弦の刻みに乗って歌うObも上乗。
それが終わってVnが出す主題が金管で盛り上がるところ、Timpがやや弱い。
全体に弦合奏や金管の表情に厳しさを欠き、終結の緊張感も薄い。この楽章を全曲の序奏的なものと捉えているのかもしれない。
第2楽章では、中間でのHrnソロやそれに続くClやFlのきらめきが美しいが、やはり厳しさは後退している。
第3楽章スケルツォで主部のリズムを叩き出すTimpも地味で(録音の問題かもしれない。マイクから遠く感じられる)、異形さが抑えられているかのようだ。
"appassionato"、"risoluto"、"espressivo"などの指定が頻出する第4楽章での表情が、今ひとつそれらしくない。むしろ嘆きや哀切さがクローズアップされ、しみじみと終結する感がある。
全体に地味な印象を受ける演奏だ。録音(ないしCD復刻時のマスタリング)がぼやけ気味なのも、それを助長している。
 
ヘルシンキ・フィル盤 (EMI) (1986年5月)
ボーンマス響盤に比べ、演奏時間が短く、両端楽章では各1分ほどの差がある。演奏自体も引き締まり、厳しさが感じられるものになっている。
第1楽章冒頭のClは音色に渋みがあり、そうそうこうでなくては…と思わされる。Obも風土感のある音色が佳い。
弦合奏のズッシリとした重量感、金管のキリリとした吹きぶりの厳しさが素晴らしい。オーケストラの民族的共感というものだろうか。
ベリルンドの表現も雄大さを増し、オーケストラの力感と相まって、感動的だ。
特に楽章終結に向けて、速度を上げるのではなく、金管のバランスを強めることで緊迫感を増し、更に終結でTimpを抑え低弦のクレッシェンドを強調して鬱勃とした緊張感を与える部分は素晴らしい。
弱音で提示される第2楽章の主題の懐かしいこと!
中間、テンポを速めて盛り上がるところの緊張感もよく、特にFlは北国の暗い嵐を思わせる。
第3楽章のTimpも迫力充分、辛味のきいた木管の音色、きっぱりした弦のフレージング等々、間然とするところない出来映えだ。
第4楽章も、ボーンマス響盤よりは、よほど振幅が大きくなった。
いくぶん速めのアレグロ・モルトから追い込んでいってトライアングルの鳴る部分に快速で飛び込む運びには快哉を叫び、緩徐主題再現での堂々たる歌い上げには胸を熱くする。
 
ヨーロッパ室内管盤 (FINLANDIA) (1997年10月)
ベリルンドの解釈自体はヘルシンキ・フィル盤から更に練れてきており、そこかしこで、ちょっとした強弱やバランス、内声部の活かし方にハッとさせられる
とりわけ第4楽章終結の手前、緩徐主題が再現して高揚していく頂点で、"Poco tenuto"の指定がある部分。
ここでグッとテンポを踏みしめるガラグリ盤が感動的なので、遅めのイン・テンポを維持するベリルンドを心許なく思ってきた。
この盤では、テンポは動かさぬまま、金管に付されたテヌートやアクセント指定を活かして、音楽をひときわ大きくするのである。これは素晴らしい表現だ。
ただ、問題は、ヨーロッパ室内管の音色が明るすぎると感じられること。
これまでの3曲では違和感なく聴いてきたのだが、この曲に至って大きなマイナスと思える。これも初期と後期の違いだろうか。
また、Vn計26人、Va10人、Vc8人、Cb6人と編成を拡大しており(これまでは順に18・6・5・4)、そのためか弦合奏にいつもの精度・透明感がないこと、特に強奏時の音に濁りが聴こえることもマイナス。
 
さあ困った。
↑のように表現自体はヨーロッパ室内管盤がより練れており、ベリルンドの到達点としては、より高いところにある。
しかし、オーケストラ・サウンドの違和感は大きく、シベリウスの音楽としてはヘルシンキ・フィル盤を採りたい。
換言すれば、この曲を初めて聴く人にはヘルシンキ・フィル盤をお薦めしたいし、他の指揮者で聴きこんできた人にはヨーロッパ室内管盤を座右に備えてほしいのである。
 
散々迷ったあげくの結論ではあるが、ヘルシンキ・フィル盤を推す
シベリウスの音色感に関する斉諧生の好みを優先することにした。

12月21日(金): 

 

ギュンター・ヴァント(指揮)北ドイツ放送響、ベートーヴェン;交響曲第4番&モーツァルト;セレナード第9番(BMG)
ヴァントの最新盤の輸入盤が並んでいたので購入。
セレナード第9番はいわゆる「ポストホルン」、老巨匠特有とされる玲瓏無垢なモーツァルトを聴くことができるのではないかと期待している。
2001年4月8〜10日、ハンブルク・ムジークハレでのライヴ録音。
 
オイゲン・ヨッフム(指揮)バンベルク響、ブルックナー;交響曲第8番(Altus)
懐かしい名演が、ついに正規CD化された。
1982年9月15日、NHKホールでのライヴ録音。このとき、斉諧生@大学生はホールに居合わせた。
ちょうどブルックナーの音楽に接しはじめて間もない頃で、この公演に備えシューリヒト盤(EMI)で「予習」したところ、開眼(今風に言えば「覚醒」か)してしまったのである。
スケルツォ主部の盛り上がりで、ヨッフムが右手の拳を握って前へ突き出す仕草は、今でもまざまざと思い出す。
ちょっとテンポ変動が煩わしく感じたというメモが残っているが、今の耳で聴けば果たしてどう感じるだろうか。本当に楽しみ。
この日はNHKのTVカメラが入っており、後日、放送されていた。DVDでリリースされないものだろうか。たしか、客席にチラッと映っているはずなのだ。(笑)
 
ピエール・モントゥー(指揮)ボストン響、ハイドン;交響曲第94番&シューベルト;交響曲第9番(Ars Nova)
思いがけず、モントゥーのライヴ盤が3点も出ていたので購入。
まずこれは、1956年9月9日、モスクワ音楽院でのライヴ。ボストン響とのソ連演奏旅行時のものである。
LPからの「板起こし」のようで、弱奏はまずまず綺麗なのだが、強奏時にビリつき感が抜けない。
シューベルトは以前、CIN CINレーベルから出ていたが、音質的には一長一短。CIN CIN盤は、ビリつきは少ないものの、高域にピークを持つ硬い音である。
 
ピエール・モントゥー(指揮)アムステルダム・コンセルトヘボウ管ほか、エルガー;エニグマ変奏曲ほか(Audiophile)
続いてAudiophileレーベルから2点を購入。
これらは1950年秋の演奏が中心で、標記エルガーは1950年10月12日の録音。
カプリングは
リリー・クラウス(P) ウェーバー;コンチェルトシュトゥック(1939年10月17日)
ヤン・ダーメン(Vn) シベリウス;Vn協(1950年11月1日)
音質的には、1939年のウェーバーは上質のSP復刻のような感じ、エルガーはまずまずだがシベリウスはかなり劣る。
 
ナタン・ミルシテイン(Vn)ピエール・モントゥー(指揮)アムステルダム・コンセルトヘボウ管ほか、ブラームス;Vn協&ドビュッシー;牧神の午後への前奏曲ほか(Audiophile)
標記2曲とベートーヴェン;序曲「献堂式」が収められており、いずれも1950年10月12日の録音とのこと。↑のエルガーと同日である。
マスタリングの関係か、音質は曲ごとに微妙に違うが、まずまず鑑賞に堪えるもの。
 
ウィリアム・デ・ローザ(Vc)ヴァレンティナ・リジツァ(P)サラ・コールドウェル(指揮)エカテリンブルク・フィル、ショスタコーヴィッチ;Vc協第1番・P協第1番(AUDIOFON)
先だって、ふとAUDIOFONレーベルの公式Webpageに行き当たった。
そこでこのCDを見つけ、両曲とも集めている曲なので、amazon.comにオーダーしたもの。
もちろん、その前に工藤さんのショスタコーヴィッチ・ページで確認したことはいうまでもない。
なお、指揮者とチェリストはアメリカ、ピアニストはロシアの出身。
 
ウラディミール・スピヴァコフ(Vn)セルゲイ・ベズロドニィ(P) フランク;Vnソナタ&R・シュトラウス;Vnソナタほか(CAPRICCIO)
最初に新譜の棚で見かけたときには、この人も指揮者稼業が長くなったし、もうそんなに弾けないんじゃないかとか、オマケ(サンプラーCD)付きでないと売れないと思っているのかしらとか、心中、難癖をつけて手を出さなかった。
試聴機にセットされていたので、さわりをチェックしてみたら、なかなか良い演奏なので、↑のマイナス思考を反省し、レジへ持っていく中に入れることにした。
ラヴェル;Vnソナタ(習作の方)をフィルアップ。
 
アレクサンドル・ブルシロフスキー(Vn)イーゴリ・ラズコ(P)ほか、「金鶏〜ロシアVn小曲集」(Suoni e Colori)
月曜にショスタコーヴィッチが届いたばかりのブルシロフスキーのCDを中古格安で発見。
アレンスキー;4つの小品ラフマニノフ;ロマンスop.6-1バラキレフ;即興曲タネーエフ;ロマンスジンバリスト;「金鶏」の主題による幻想曲等々、珍しい小品を多く収録しているところを評価して購入。
ジャケットに大書されているのがハンドシュキン;二重奏曲第1〜6番で、原曲の民謡を歌手が無伴奏で歌ったあとに、Vn二重奏が収められている。
第2Vnはナサニエレ・マリーなる人。
 
ジュリアードQ、ヒナステラ;弦楽四重奏曲第2番ほか(米Columbia、LP)
ヒナステラにジュリアードQの録音があるとは知らなかった。
第2番は、好きな弦楽のための協奏曲の原曲に当たる。ジュリアードQの鋭角的アプローチならば、さぞ素晴らしかろう、ぜひ聴きたい…とオーダーしたもの。
迂闊だったが、この曲は1958年に彼らが初演している(録音は1974年)。
ストラヴィンスキー;弦楽四重奏のための3つの小品・小協奏曲をフィルアップ。

 『レコード芸術』1月号付録の「レコード・イヤーブック 2002」を参考に、作曲家・演奏家 生没年 対比年表のデータを更新。


12月18日(火): 

 

ウーヴェ・ムント(指揮)京都市交響楽団、マーラー;交響曲第9番(Arte Nova)
リリース情報を知ってから、待望していたCDが発売された。即購入。
京都市響の常任指揮者ムントが3年の任期を終えるに当たり、最後の定期演奏会(平成13(2001)年3月22日)で取り上げたのが、この曲。→ここを押して
長く京都市響を聴いてきた斉諧生として、ムントのオーケストラ・トレーニングと音楽的な成果は高く評価している。もちろん、この演奏会にも出かけた。
当日の記事にも書いたが(→ここを押して)、演奏自体が非常に優れていた上、かなり本格的にマイクがセッティングされており、ひょっとしたらCD化されるかも…と期待していた。
ブックレットには、「2001年3月22&24〜26日、京都コンサート・ホール」と録音データが記載されており、演奏会当日とその直後に録音したものと知れる。
繰り返しになるが、この演奏はムント&京都市響の集大成として誇るに足る高みに達しており、地元贔屓ではなしに、ぜひぜひ広く聴かれてほしいものと願っている。
 
デヴィッド・ラッセル(G) レイエ;組曲第1番ほか(Telarc)
新聞などに今年の回顧記事が並ぶ頃になったが、畏友かとちぇんこ@Der Nachtwindさんが"2001年 CDベストセレクション"を公開された。→ここを押して
その中で最も気になった1枚を、早速購入。
レイエ(Loeillet)は1680年生れ・1730年没、フランス出身だが主としてイギリス・ロンドンで活躍したとのこと。フルート(リコーダー)やオーボエの作品で知られており、鍵盤楽器作品は録音も少ないようである。
一聴したが、なるほど魅力的な楽想に満ちている。チェンバロの豪奢な響きよりも、ギターの方が適合的かもしれない(あるいはクラヴィコードとか)。
各トラック1分程度、TelarcのWebpageで聴くことができるので、お試しあれ。→ここを押して

12月17日(月): 久しぶりに楽譜店@大阪梅田に行ってみる。
 今日の収穫は、ルーセル;蜘蛛の饗宴のミニチュア・スコア(DURAND)とヒナステラ(フルニエ編);トリステの演奏譜(RICORDI)。後者はVc・Pともペラ1枚、わずか430円。

 更に梅田の中古音盤店を巡回して帰宅すると、Alapage.comからCDが届いていた。

アンドレアス・シュペーリ(指揮)カメラータ・サンクトペテルブルク、ベートーヴェン;交響曲第1番&ショスタコーヴィッチ;室内交響曲op.110aほか(amos)
集めているショスタコーヴィッチのop.110a、見たこともないCDが中古音盤店に出ていたので購入。
オーケストラは、以前、Sony Classicalから、創設者サリウス・ソンデツキスの指揮盤が出ていた団体。「国立エルミタージュ博物館管弦楽団」の別名がある。
1995年のヨーロッパ楽旅でのライヴ録音盤とのことだが、日時や場所等は明記されていない。
シュペーリは、1959年スイス生れ、1992年以来オーケストラの首席客演指揮者の地位にあるとのこと。
ショスタコーヴィッチの曲は、通常、バルシャイの弦楽合奏編曲が用いられるが、ここではソンデツキスが編んだ弦楽とTimpのための版によるとされている。
この版の問題、少しややこしい。
ソンデツキス自身がこのオーケストラと録音したSony Classical盤(1993年録音)では、指揮者が書いた弦楽合奏パートにアブラム・スタセヴィッチの手になるTimpパートを付加した、とされていた。
更に遡って、1974年録音のイルジー・コウト(指揮)プラハ放送響盤(PANTON)では、スタセヴィッチによる弦楽合奏とTimpのための編曲と表記されている。
あるいは、ソンデツキスが少しづつ書き足しているのだろうか? 博雅の士の示教を請いたい。
標記2曲のほか、プロコフィエフ;古典交響曲をカプリング。
なお、レーベルの公式Webpageは→ここを押して。吹奏楽中心に活動しているようで、日本の高校・大学の団体による録音もある。
 
アレクサンドル・ブルシロフスキー(Vn)パスカル・ゴダール(P) ショスタコーヴィッチ;Vnソナタほか(Suoni e Colori)
これはAlapage.comから。
このヴァイオリニストの誠実な音楽と質朴な音色は気に入っており、少しづつ集めている。
ショスタコーヴィッチではどんな演奏をしているのか興味があってオーダー。
カプリングは、いずれも2台ピアノのための作品で、組曲 op.6小協奏曲 op.94陽気な小行進曲。もちろんブルシロフスキーは参加していない。
1997年録音、ピアノはファツィオーリ使用とのこと。
 
漆原朝子(Vn) バッハ;無伴奏Vnパルティータ集(FUNHOUSE)
邦人ヴァイオリニストのバッハ;無伴奏の録音は見ると聴きたくなってしまう。
最近店頭で見かけなくなったFUNHOUSE盤が中古格安で出ていたので購入。
1996年録音、ソナタはリリースされていない。
 
ジョエル・シュービエット(指揮)レゼレメン室内合唱団ほか、デュリュフレ;レクイエムほか(Edition Hortus)
これもAlapage.comから。
先頃、ユビュ王の食卓さんの「CD雑記帳」で紹介されているのを拝読、直ちにオーダーしたもの。
なんといっても、デュリュフレのレクイエムは愛惜佳曲書に掲載した曲であり、その未架蔵盤は放っておけない。
カプリングは
プーランク;パドヴァの聖アントニウスの讃歌(男声合唱)
メシアン;「おお、聖なる饗宴」(混声合唱)
なお、この団体では、naiveレーベルからフォーレ;ラシーヌの雅歌他のCDが出ていた。
 
シセル・シルシェブー(Vo) 「聖しこの夜」(Pioneer)
シルシェブーは、古くはリレハンメル冬季五輪(1994年)の開閉会式での歌唱で、新しくは映画「タイタニック」の音楽で、その「天使の歌声」を世界に響かせた、ノルウェーの国民的歌手。最近は、もっぱら「シセル」で通しているようだ。(公式Webpageは→ここを押して)
彼女の歌は一度ちゃんと聴きたかった。ひところは音盤屋に色々と並んでいたが、最近品薄で、特にPioneer盤は見かけなくなっていた。偶々、中古格安で見つけ、幸運に感謝しつつ購入。
これは彼女のアルバム第2作に当たるクリスマス・ソング集(1987年発売)。
表題曲のほか「オー・ホーリィ・ナイト」「エサイの根から」など13曲を収録(メドレー含む。すべてノルウェー語歌唱)。

12月16日(日): 

 「パーヴォ・ベリルンド(ベルグルンド)のシベリウスは、どの演奏を選ぶか」第3回
 
 第2回で第3番を取り上げてから、また半月以上経ってしまった。年内に全7曲が終わるだろうか…。(汗)
 今日は、第7番を。この曲も全集盤3点のみ。
 
 後期の交響曲の中で、ひょっとしたら最も取り上げられる曲かもしれない。20分程度と短く、演奏会の1曲目あたりに持って来やすい部分がある。
 交響曲としては珍しい単一楽章構成で、初演からしばらくは「交響幻想曲」と名付けられていたほど。しかし、構造的には「幻想曲」の不定型さはなく、むしろ、凝縮された緊密な音楽となっている。
 弱音のティンパニ連打から弦の音階上昇モチーフへという特異な始まり方から、弦の緩徐主題が出て、それが盛り上がると、この曲において最も印象深いトロンボーンの主題が吹奏される。これを「精神的境地に等しい深々とした幽久の核主題」と表現する人もいるほどだ。
 この主題は三たび出現するが、最後に雄々しく演奏された後、ヴァイオリンが高音域で感慨深く歌う。こうした手法はマーラーの交響曲第9番あたりにも見られるものの、音楽の趣はまったく異なる。
 最後の部分で、冒頭のモチーフが少し変形されてフルートに回帰するのも構造的な特徴の一つ。そして、終結は、古典派交響曲のような大団円ではなく、まるで放り出されるような不安定なもの。ここの表現方法が指揮者の解釈のポイントになると思う。
 
 『作曲家別名曲解説ライブラリー 北欧の巨匠』(音楽之友社)では、ベルグルンドが400箇所に及ぶ出版譜(初版1925年)の誤りを修正した校訂版を1980年に Wilhelm Hansen社から出した…とされているが、手許にある同社のミニチュア・スコア"Revised Edition (1980) "は、校訂者を"Julia A. Burt"と表記している。何か事情があるのだろうか。

 
今回は、3種を取り上げる順序を逆にし、録音の新しいものから。
 
ヨーロッパ室内管盤 (FINLANDIA) (1995年9月)
ブックレットに掲載されている編成表から、弦合奏の人数が第1Vnから順に9−9−6−5−4人であることがわかる。このため、弦楽器の音程の良さがフルに発揮され、また管楽器やTimpとのバランスも素晴らしい結果を生んだ。
また、時折聴かれるスフォルツァンドの鋭さも、編成の小ささの効果ではないか。
 
冒頭から弦合奏の清らかな美しさは神々しいほど。緩徐主題が出てVnからVcまでが各々二部に分かれるあたりの憧れいっぱいの雰囲気は他のどんな盤からも聴けないものだ。
全曲を通じて、この美しさは維持され、強奏しても濁らない。
 
やがて登場するTrb主題も、荘厳きわまりない。
また、Timpの音が、弦に埋もれずくっきり聴こえるだけでなく、実に意味深く響く
Flの抑えた音色も、この曲にはピッタリである。冒頭主題の回帰のところなど、まさしくこの音でなければならない。
 
この団体でいつも苦言を呈するObは、やはり今ひとつ。
Trbも、もう少し上手い(音の美しい)奏者であったら…と残念。
 
終結については、どう褒めても足りないだろう。
トロンボーンの主題が再現して盛り上がったあと、ラルガメンテで弦合奏だけに、更に第1・第2Vnだけになって、アフェトゥオーソの指定がつくあたりの浄福感は素晴らしい
最後の4小節では、あれほど目立っていたTimpが抑制され、金管が早めにデクレッシェンドして、弦楽器だけが残り、あまりクレッシェンドしないまま、虚空の中に音を投げ出すように、消え入るように曲を終える。
 
これこそ、この交響曲の特徴である、永劫回帰、無限の世界へ溶けこんでいく趣を十分に感得させる終結であるといえよう。
3種の中でというより、現時点で、この曲のすべてのディスクの中のベスト盤と信じる。
 
ヘルシンキ・フィル盤 (EMI) (1984年2月)
弦合奏の力強さは、ヨーロッパ室内管盤とは違った趣でこの曲を聴かせる。
ただ、録音の問題かもしれないが、時に硬い響き(特に高音域)になるのは、いただけない。
管楽器も全体に人間くさく、この曲の高い境地を損なうように感じる。
Timpも、マイクから遠く、埋もれがちなのが残念。
 終結で、金管の響きが混濁しているのも、大きなマイナス。
総合評価では、ボーンマス響盤を下回る。
 
ボーンマス響盤 (Disky) (1972年5月)
ヘルシンキ・フィル盤に似たアプローチだが、管楽器はこちらの方が抵抗がない。
弦合奏は、一部、音程に不安定なところもあるが、響きは終始柔らかく、この点でもヘルシンキ・フィル盤を上回る。
終結でTimpの音量が大きすぎ、和音を濁すのがマイナス。
 
上記のとおり、この曲についてはヨーロッパ室内管盤が文句無しのベスト
ベルグルンド以外の指揮者では、ラトル&バーミンガム市響盤(EMI)、カム&コペンハーゲン・フィル盤(CLASSICO)あたりが良さそうだ。

12月14日(金): 

 MikrokosmosからLPが届いた。

カルロ・ゼッキ(指揮)ソビエト国立響、ハイドン;交響曲第96番&シューマン;交響曲第4番(蘇MELODYA、LP)
名匠ゼッキのハイドン、シューマンならば、ぜひ聴いてみたいとオーダー。
一聴して驚いた。
旧ソ連のオーケストラの一般的なイメージを裏切る、引き締まった響き。音楽の造型も端正で、まことに美しい。
モノラルだが、音質は優れている。
 
カジミシュ・コルト(指揮)ロイヤル・フィル、チャイコフスキー;交響曲第6番(英DECCA、LP)
コルトはポーランドの実力派だが、録音に恵まれない人。
珍しく、メジャー・レーベルでメジャーな曲目を演奏した音盤がカタログに出ていたのでオーダー。
1978年3〜4月、ロンドン、キングズウェイ・ホールでの収録。
 
オイゲン・ヨッフム(指揮)ハンブルク国立歌劇場管ほか、シベリウス;交響曲第7番ほか(蘇MELODYA、LP)
ヨッフムのシベリウス、しかも後期の交響曲! これは聴かざるべからずとオーダー。
録音は1943年というから、戦争直後にソ連軍が接収した音源であろうか。
第二次大戦初期にソ連の侵略を受けたフィンランドは、ナチス・ドイツと提携することによって、失った領土の回復を試みた。
両者の関係は1944年夏まで継続したから、1943年時点でドイツ人指揮者・オーケストラがシベリウスを演奏することは、一定の政治性を帯びていた可能性がある。
そういう点では歴史的な意味のある録音といえるかもしれない。
ハイドン;交響曲第103番「太鼓連打」をカプリング。こちらは1942年録音。
 
アンケ・シッテンヘルム(Vn)ディーター・ケーンライン(指揮)カールスルーエ大学響、ヴィオッティ;Vn協第22番ほか(独ELECTROLA、LP)
ヴィオッティの22番は大好きな曲ゆえ、大学オケであれ何であれ、オーダーするのである。
ヴァイオリニストは1966年生まれ、録音が1983年だから、17歳の少女。WWWで検索してみたら、今はオーストリアで大学の教授職にあるようだ。
一聴したが端正な音色とひたむきな音楽が好もしい。
ヤナーチェク;弦楽合奏のための組曲をカプリング。
 
エルマー・オリヴェイラ(Vn)Vakhtang Jordania(指揮)ソビエト国立響ほか、ヴュータン;Vn協第5番ほか(蘇MELODYA、LP)
アメリカの実力派ヴァイオリニスト、オリヴェイラが1978年のチャイコフスキー・コンクールで優勝したときのライヴ録音。彼の音盤は集めているのでオーダー。
ジャケットやレーベルが全部キリル文字なので、まったく読めない。↑の指揮者・オーケストラ名はオリヴェイラの公式Webpageから採ったが、はたして指揮者の名前はどう読むのだろうか…?(汗)
カプリングは
ラヴェル;ツィガーヌ(標記管弦楽伴奏)
ガーシュウィン(ハイフェッツ編);3つの前奏曲(ロバート・マクドナルド(P))
パガニーニ;カプリス第5・24番
とにかく凄いテンションで、バリバリ弾いている。
 
ザハール・ブロン(Vn)アーノルド・カッツ(指揮)ノヴォシビルスク・フィルほか、シマノフスキ;Vn協第1番ほか(蘇MELODYA、LP)
シマノフスキのVn協は集めている曲の一つであり、名教師ブロンの演奏も一興かとオーダー。
1985年の録音。
カプリングは愛弟子ワディム・レーピンが演奏するベートーヴェン;ロマンス第1・2番
彼は1971年ノヴォシビルスク生まれ、14歳のときに地元のオーケストラと演奏した記録ということになる。
 
アンナー・ビルスマ(Vc)パウル・マイゼン(Fl)ヘルムート・ヴィンシャーマン(指揮)ドイツ・バッハ・ゾリステン、C.P.E.バッハ;Vc協・Fl協(独RCA、LP)
Vc協はイ長調 Wq.172、Fl協はニ短調 Wq.22
ビルスマのVcはもとより、マイゼンの暖かい木質の音色も好ましく、オーダーしたもの。
1977年録音でSEON原盤、したがって製作はヴォルフ・エリクソンによる。
 
ヘルマン・クレバース(Vn)ダニエレ・ドゥシェンヌ(P) シューベルト;Vnソナチネ第1番&ドヴォルザーク;Vnソナチネほか(蘭CBS、LP)
コンセルトヘボウ管のコンサートマスターを務めた名手クレバースの音盤は聴いておきたくオーダー。
標記2曲以外にヴァレンティーニ;Vnソナタ ト長調を収めている。
マルPは1964年だが、LP自体は1980年前後のもののようだ。
 
ユーリ・バシュメト(Va)ミハイル・ムンチャン(P) シューベルト;アルペジオーネ・ソナタ&レーガー;無伴奏Va組曲第1番ほか(蘇MELODYA、LP)
アルペジオーネ・ソナタはVc版を好むが、BMG盤CDで聴いたバシュメトのVaは素晴らしかった。
そちらは1990年の録音だが、これは1977年のアナログ録音。同様の名演を期待してオーダー。
標記2曲のほかドルジーニン;無伴奏Vaソナタをカプリング。
 
グラハム・トルー(Br)ロジャー・ヴィニョールス(P)ほか、「ハウスマン『シュロップシャーの若者』による歌曲集」(英Meridian、LP)
イギリスの詩人ハウスマン(1859〜1936)が1896年に出版した詩集『シュロップシャーの若者』に付曲した作品を集成したLP2枚組。
斉諧生的にはバターワースによる6曲が重要。
そのほかソマーヴェルモーランガーニーら、全部で9人の作曲家の作品を収める。
LP末期に三浦淳史氏あたりが賞揚されており、ずっと気になっていたのだが入手しそびれていた。
もちろんCDにもなっているが、1979年のアナログ録音ゆえLPで聴きたいところ。今回、超格安で出ているのを見つけたのでオーダーしたもの。
 
ヴィトルド・ロヴィツキ(指揮)ワルシャワ国立フィルほか、シマノフスキ;作品集(波MUZA、LP)
4枚組にシマノフスキの主な作品、すなわち
交響曲第2番(グレゴル・フィテルベルク(指揮)ポーランド放送響)
交響曲第4番(P独奏はヤン・エキエル)
バレエ音楽「ハルナシェ」(スタニスラフ・ヴィスロツキ(指揮)ポズナニ国立フィルほか)
Vn協第1番(Vn独奏はワンダ・ウィウコミルスカ)
SQ第2番(ボロディンQ)
スタバト・マーテル(ヴィトルド・ロヴィツキ(指揮)ワルシャワ・フィル)
などを収録したものである(特記しないものは標記の演奏者)。
大半は架蔵済みの音源で、すべてモノラルなのは残念(オリジナルがモノラルのものも含まれている)。
ただ、シマノフスキの生涯や作品についての丁寧なブックレット(写真多数)と、作曲者のインタビュー及びマズルカ op.50-13&62-1を収めた7inch盤が付いているのは貴重だ。

12月13日(木): 

 

ラファエル・クーベリック(指揮)9つのオーケストラ、ベートーヴェン;交響曲全集(DGG)
レコード史上空前の企画、9つのオーケストラを振り分けたベートーヴェン全集。
LP時代から気になっていたのだが、LPにせよCDにせよ、たまに再発されたときは国内盤で、買いそびれていた。
ようやく輸入盤でお目にかかったので購入。CD5枚組で@1,000円程度。
オーケストラの割り振りは、
第1番;ロンドン響(1974年6月)
第2番;アムステルダム・コンセルトヘボウ管(1974年2月)
第3番;ベルリン・フィル(1971年10月)
第4番;イスラエル・フィル(1975年9月)
第5番;ボストン響(1973年11月)
第6番;パリ管(1973年1月)
第7番;ウィーン・フィル(1974年9月)
第8番;クリーヴランド管(1975年3月)
第9番;バイエルン放送響(1975年1月)
というもの。
企画はイタリアのユニバーサル・ミュージックだが、中味はドイツ製。
そういえば、アバドが4つのオーケストラを振り分けたブラームス;交響曲全集というのもあった。やはりDGGによる、1970年代初めの企画。

12月9日(日): 

 混声合唱団 東大阪第3回定期演奏会@東大阪市立市民会館を聴く。(団体の公式Webpageは→ここを押して)
 アマチュア合唱団の演奏会だが、後半でズラタン・スルジッチ(指揮)関西シティ・フィルによるベートーヴェン;交響曲第9番が聴けるとあっては、馳せ参じざるべからず。
 実は、演奏会前半のプログラムは失礼して、オーケストラが載る直前の休憩時間に会場入り(汗)。お許しを乞いたい。

プログラムは上記のとおりベートーヴェン;交響曲第9番1曲。なんと、全曲演奏だった。
実は、第4楽章だけだろうと思っていた。一昨年12月にも同様の企画があり、その時は終楽章だけだったのである。
 
去る9月に行われたオーケストラの定期演奏会でやはりこの曲が上演されているのだが(→ここを押して)、折悪しく本業と重なって聴けなかった。今回、思いがけずスルジッチ氏の「合唱」に接することができたのは大きな喜びである。
 
合唱は、近隣の団体からのエキストラ出演も加えて、約100人。
先だって開催された大阪名物『一万人の第九』にも参加したばかりとのこと。
 
スルジッチ氏らしい、オーソドックスな中に音楽の真実、音楽の歓びを瑞々しくたっぷりと含ませた、素晴らしい演奏であった。
全体に管楽器や内声部を生かしたバランスが立体的で、特にHrnの響きが効果的。
もちろんアマチュアのこととて多少の事故が無いわけではないが、そういうことが気にならない。音楽の骨格がしっかりしているからだろう。
 
なかんずく、ゆったりとした音楽の流れが美しい第3楽章で、2度目の「警告」のあとの深沈とした表情は、プロ・オーケストラからもなかなか聴けないもので、胸を衝かれた。
 
また、第4楽章は、堅実かつ緊張感ある出来栄え。
素晴らしかったのは、二重フーガ(655小節以降)でのsfを効かせた生き生きした足どりと、終結(843小節以降)のドキドキするような輝かしい盛り上がり。
とりわけ大詰めで、ティンパニに付されたsempre ff(932小節以降)を、くっきり活かした迫力の更新には思わず息をのんだ。
 
一方、例の"vor Gott"では、指揮者・合唱とも入魂のフェルマータ。
素晴らしいクレッシェンドを聴かせたのだが、逆にそれに煽られたのか、直後に拍手が出てしまったのは残念。
一昨年の演奏会では、ここで緊張感あふれる素晴らしいパウゼが聴かれたのだが…。
 
アンコールは、一昨年同様、ヘンデル;「メサイア」から「ハレルヤ・コーラス」。かなり速めのテンポで一気に運び、胸がワクワクする音楽。
 
なお、疑問だったのは、演奏中、頻繁に写真撮影が行われたこと。
主催者が手配したとおぼしいカメラマンが、2階客席最前列でフラッシュをバシバシ焚くのである。
それなりに事情があるのだろうが、その少し後ろ(3列目)に座っていたので、ちょっと辛かった。

 演奏会の後に大阪の音盤屋にて買い物。

ヤン・フォーグラー(Vc)ルートヴィヒ・ギュトラー(指揮)ザクセン・ヴィルトゥオーゾ合奏団、ハイドン;Vc協第1・2番ほか(Berlin Classics)
店頭で見つけて吃驚、即購入。
現役独墺系Vc奏者としては最も注目しているフォーグラーの新譜。リリース情報にすら気づいていなかった。半公式Webpageにも掲載されていない。
2000年4月、ドレスデン・聖ルカ教会での録音。
擬作第4番 ニ長調をフィルアップ。
なお、カデンツァは、第1番=イェルク・ヴィトマンによる委嘱新作、第2番=モーリス・ジャンドロン、第4番=フォーグラー自作とのこと。
また、オーケストラの名称は原綴"Virtuosi Saxoniae"、日本語への移し替えが難しいパターンだが、とりあえず↑のように標記しておく。
 
鈴木雅明(指揮)バッハ・コレギウム・ジャパンほか、バッハ;カンタータ全集第15巻(BIS)
ずっと買い続けているBCJのカンタータ全集の新譜を購入。もちろん発売はもっと前だが、安く買える機会を待っていたもの。
今回は第40番第60番第70番第90番を収録。
このうち第60番は、ベルク;Vn協に引用されていることで有名。
 
ヤン・ルングレン(P)ほか、「プレイズ・ヴィクター・ヤング」(SITTEL)
スウェーデンの美音ジャズ・ピアニスト、ラングレンの未架蔵盤が出ていたので購入。本国では今年春に出たようだが、情報がキャッチできていなかった。
ヴィクター・ヤングはハリウッド映画音楽の巨匠、遙かなる山の呼び声@「シェーン」、ジャニー・ギター@「大砂塵」をはじめ、数々のヒット作がある。
収録曲は、"A Hundred Years from Today""Love Letter""My Foolish Heart""Stella by Starlight"(「星影のステラ」)など13曲。
ピアノ・トリオにヴォーカル(デボラ・ブラウンステイシー・ケント)とテナー・サクソフォン(ジョニー・グリフィン)を加えての演奏。
なお、ルングレンについては→ここを押して

12月8日(土): 石川康子『原智恵子 伝説のピアニスト』(ベスト新書)読了。
 原のことは、後半生をガスパール・カサドの伴侶として過ごした人として知っていたが(カサドに関するWebpageは→ここを押して)、コルトーに評価され愛された芸術の持ち主であったことは知らなかった。
 晩年のピアニストと親交のあった著者が、関係者へのインタビューや未公開書簡の調査等を積み上げた力作で、カサド夫妻の愛らしい姿も活写されている。
 固有名詞の表記の一部に疑問があったり(例;コンセール・パドルー「交響」楽団、「カルレス」・ミュンシュ、ポール・「バレー」 等)、何人かの登場人物について主人公側に感情移入の過ぎた描写が気になるが、全体としては読み応えのある著作であり、お薦めしたい。

 所用で外出したついでに音盤屋で1枚購入、戻るとjpcからCDが届いた。

カール・シューリヒト(指揮)シュトゥットガルト放送響、ワーグナー;管弦楽曲集(hänssler)
シューリヒトのライヴ録音集とあらば買わざるべからず。
収録曲は
「トリスタンとイゾルデ」から第1幕への前奏曲(1950年4月29日)
「神々の黄昏」から夜明けとジークフリートのラインへの旅
「神々の黄昏」からジークフリートの葬送行進曲
ジークフリート牧歌(以上1955年9月27日)
「パルジファル」から第1幕への前奏曲(1966年3月18日)
「パルジファル」から聖金曜日の奇跡(1954年9月24日)
「パルジファル」から第3幕のフィナーレ(1966年3月18日)
だいたい既出音源らしいが、archiphonレーベルはともかく、海賊盤で出たものは架蔵していないので、貴重なリリースである。
音質はいずれも良好。
 
エミール・ナウモフ(P)イーゴリ・ブラシュコフ(指揮)ベルリン・ドイツ響、ムソルグスキー(ナウモフ編);展覧会の絵(P協版)ほか(WERGO)
「展覧会の絵」には様々な編曲が行われているが、これはナウモフがピアノ協奏曲仕立てにしたという珍版。もちろん世界初録音。
1991年、彼がオリジナル版を独奏した際に、ある聴衆が
ピアノの原曲で聴いたときはオーケストラが恋しくなるし、オーケストラ編曲のときにはピアノが聴きたくなる
と感想を述べたことにヒントを得たという。
「ナウモフによるパラフレーズ、オーケストレーションとカデンツァ」とあるので、かなり手を加えたのだろう。いったいどんな風になっているのか、興味を惹かれて購入。
初演(1994年)はロストロポーヴィッチ(指揮)ワシントン・ナショナル響と行ったとか。
2000年2月の録音で、このあとオーケストラの定期でも演奏したらしい。→ここを押して
ナウモフの自作瞑想曲をフィルアップ。
 
フローリン・パウル(Vn)ブリジッタ・ヴォレンヴェーバー(P) 「ヨアヒムを讃えて」(TACET)
ヨアヒムに献呈されたディートリッヒシューマンブラームス共作のF.A.E.ソナタとヨアヒムの自作3つの小品op.2&5を組み合わせたCD。
以前、このレーベルから出たバッハ;無伴奏などの良かったパウルのVnに期待して購入。
 
レジーヌ・テオドレスコ(指揮)カリオペ女声合唱団、フローラン・シュミット;女声合唱曲全集(CALLIOPE)
フランスの作曲家による女声合唱曲となると、フォーレなりプーランクなり、きっときっと美しいものだろうと想像せずにはいられない。
ましてや、P五重奏曲詩篇第47番の作曲家の手になるものとなれば、買わざるべからず。
2001年リヨンでの録音、合唱団は16〜20歳の女性16〜19人からなるとのこと。
 
ディエゴ・ファゾリス(指揮)ルガーノ放送合唱団ほか、モンテヴェルディ;聖母マリアの夕べの祈り(ARTS)
jpcで見つけて、ヴェスペレの未架蔵盤と色めき立ってオーダーしたところ、先日から国内の音盤屋でも並んでいる。(苦笑)
指揮者はチューリヒやパリでオルガンを学び、バッハの全作品演奏も行ったことがあるとか。器楽アンサンブルにはパオロ・ベスキ(Vc)やブルース・ディッキー(コルネット)らの名前も見える。
残念ながら、マニフィカトは、7声・器楽伴奏の方のみ収録。

 5日の演奏会のデータを演奏会出没表に追加。


12月6日(木): 

 

スティーヴン・クームズ(P)チリンギリアンQ、アーン;P五重奏曲&ヴィエルヌ;P五重奏曲(Hyperion)
その奥深い情趣に惹かれているヴィエルヌ作品は見れば買うようにしている。その上、レイナルド・アーンの曲まで入っているのだから、見逃すわけにはいかない。即購入。
2000年12月の録音、エンジニアは名手トニー・フォークナー

12月5日(水): 

 ヨーヨー・マ「シルクロード・プロジェクト」@ザ・シンフォニー・ホールを聴く。

彼の実演は、もう20年ほども前にN響定期でブロムシュテットとのエルガー;Vc協を聴いて以来。

 ヨーヨー・マという人は、常に新しいものを求めているのだろうか。アイデアが次から次から湧いてくる人なのかもしれない。滅多に再録音しないし、チェロの限られたレパートリーの枠から、どんどん外へ出ていく動きをしている。
 今回の「シルクロード・プロジェクト」とは、シルクロードに象徴される東西文明の交流の中から生まれた音楽を調査し、音楽と音楽に対する考え方がどのように世界に広がっていったかを探り、また現代の作曲家に委嘱して新しいシルクロードの音楽を作り出す、というプロジェクトだという。

シルクロードに着目したのは、中国という彼のルーツというより、来日時に正倉院を見学し、五弦琵琶など唐や西域の文物に触れたことがきっかけだったとか。
なお、プロジェクトの公式Webpageは→ここを押して

 オルガン側の席しか取れなかったので、正面に客席を見ることになったのだが、ほぼ満席ですごい迫力だった。しかも、ふだんと客層が違う。20〜40歳代くらいの女性が圧倒的に多い。(^^)

今日の曲目は、
シャラフ;「ケルレンの伝説」(モンゴル)
チーピン;「関山月」(中国)
アリ・ザデ;「ハビル・サジャヒ」(アゼルバイジャン)
間宮芳生;5つのフィンランド民謡
ラヴェル;P三重奏曲
というもの。
シャラフとチーピンの両作品が、当プロジェクトの委嘱作。
 
後半のプログラムは、我々がイメージする「シルクロード」からは外れるが、
間宮作品は、日本とフィンランドを結ぶものであるのみならず、ドビュッシーやプーランクとの親近性を感じさせること、
ラヴェルがバリのガムラン音楽等の東洋の音楽に触発され続けたこと、第2楽章はマレー語の詩の形式を踏まえていることから、
いずれも音楽による文化交流を感じさせるという。
 
1曲目「ケルレンの伝説」は、モンゴル伝統の「オルティン・ドー」という歌唱に、打楽器アンサンブル(ピアノ含む)とトロンボーン三重奏を付し、ヨーヨー・マ本人は馬頭琴で和す。
独唱はホンゴルズル・ガンバータル、会場販売のプログラム冊子に略歴等が掲載されておらず、本国での地位などは分からないが、彼女の歌唱が当夜の白眉であったことは疑いない。
歌詞は不明ながら(これも掲載なし)、草原の遙か地平線へ伸びゆくごとき声だけで、十分な聴き応えがあった。
 
編成がすっかり変わって、Vc・中国琵琶・中国笙・タブラの4人になった2曲目「関山月」
ようやくヨーヨー・マのチェロの音を堪能できた。本当に軽々と、何の抵抗もないように、美しい音を紡ぐ。
 
3曲目「ハビル・サジャヒ」はチェロとプリペアド・ピアノによる。
前半では、チェロが重音奏法で上下別々な旋律を弾くところ、和音のみならずフレージングまでもがピタピタと決まりまくり、完全にシンクロした二重奏と化しているのに舌を巻いた。
プリペアド・ピアノは主として内部の弦をマリンバ(?)の撥で叩いたり、ピックではじいたりする奏法によっていたが、閉じた鍵盤の蓋を手のひらで叩くのには驚いた。(^^)
 
休憩を挟んで、初めて聴く間宮作品。
エルッキ・ラウティオ(Vc)と舘野泉(P)のCDが出ており(FIREBIRD)、実は架蔵しているのだが…(苦笑)。
ヨーヨー・マの熱のこもった演奏ぶりは素晴らしいのだが、音楽はもう一つピンとこない。
ピアノ・パートに比べてチェロの書法が単純なせいか、フィンランドの民謡旋律とチェリストの歌い方が合わないのか…?
 
ラヴェルは先日、ロジェ・トリオを聴いたばかり。
第3楽章冒頭のソロでは、たおやかなフレージングと美しい音色から、滾々と音楽が湧きひろがる趣。まことに珠玉の瞬間であり、もっともっと続いてほしいと願わずにはいられなかった。
 
問題は他の2人、特にヴァイオリンで、固く貧弱な音色に棒のようなフレージング、まったく楽しめない。
音を外すだの指が回らないだのといった問題は勿論ないのだが、例えば上記第3楽章でチェロと同じ旋律を繰り返すところなど、ひたすら情けなかった。
ピアノもよく弾けてはいるのだが、音色のパレット数が少ないのは、ロジェを聴いたばかりの耳は物足りなさ過ぎる。
 
盛んな拍手に答えてアンコールは3曲。
器楽合奏の2曲に続いて、ガンバータルが無伴奏で歌い上げたオルティン・ドーは、ますます素晴らしかった。
 
世間一般では、ミシャ・マイスキーと現役最高のチェリストの座を争うとされているヨーヨー・マ。
ところが、実は、最初、彼が舞台に出てきたことに気づかなかった。
1曲めでは馬頭琴を持っていたこともあったが、何より彼の雰囲気がまったく大家然としていない。飾り気のない、フレンドリーで気さくな空気を醸し出す。
楽器や曲目を紹介するアナウンスも冗談交じりの日本語、ファンがホールを埋め尽くすのもなるほどと感心した。
 
カーテンコールではスタンディング・オーヴェイション、手を叩かずに「振る」女性多し。

12月4日(火): 

 電網四方八通路に新規サイト17件を掲載。
 また、先日の演奏会のデータを演奏会出没表に追加。


12月2日(日): 

 通販業者からLPが届く。

フレデリク・ロデオン(Vc)ダリア・ホヴァラ(P) シューベルト;アルペジオーネ・ソナタ&ショスタコーヴィッチ;Vcソナタ(仏ERATO、LP)
斉諧生の蒐集にとっては、最も経済的(?)なカプリングである(笑)。
ショスタコーヴィッチについては、例によって工藤さんのコメントにリンクさせていただいておく。→ここを押して
1982年の録音で、いまやベテランとなった名伴奏者ホヴァラの写真も若い。

 音盤狂昔録平成13年11月分を追加。


12月1日(土): 

 長谷川陽子さんとミカ・ヴァユリネンによるデュオの午後と題された演奏会を聴く。
 会場は、神戸学院大学メモリアルホール。
 神戸学院大学「グリーン・フェスティバル」というシリーズを主催しており、けっこうメジャーな演奏家を招いて、学校関係者+一般を対象に無料で公開されている(事前申込制)。
 長谷川さんは、その「レジデント・アーティスト」の一人として、早くから繰り返し出演しておられる。斉諧生が聴きに行くのはこれで5回目。
 なによりヴァユリネンの超絶アコーディオンを生で聴けるのが楽しみ。長谷川さんには申し訳ないが、デュオよりも、彼のソロがプログラムに組まれてはいないかと期待して赴いた。

残念ながら(苦笑)、曲目はすべてデュオで、
ヘンデル(ハルヴォルセン編);パッサカリア
プロコフィエフ;スケルツォ
スクリャービン;ロマンス
プロコフィエフ;行進曲 歌劇「3つのオレンジへの恋」より
チャイコフスキー;アンダンテ・カンタービレ
バルトーク;ルーマニア民俗舞曲
ムソルグスキー;「展覧会の絵」
というもの。
ヘンデルとバルトーク以外は、すべてCDに収録されている。
 
ところが、舞台に出てきたのは何故か長谷川さん一人…?
自らアナウンスされたのは、内親王殿下御誕生のニュース。午後3時を数分過ぎた頃だったから、正式発表のごくごく直後ということになる。
奉祝演奏として、エルガー;愛の挨拶を伴奏なしで弾かれた。
 
ヴァユリネンの音の力、キレの良さは期待どおり。
ただ、かなり抑えて弾いていたようで、おそらく3〜6割といったところではなかったか。ヘンデルなど、アコーディオンの蛇腹がほとんど動いていなかったようだ。
ところが「展覧会の絵」の冒頭など、ソロになる部分では、実力の片鱗を見せた。少しもふやけたところのない、ぎっしり詰まった音が、キレの良いリズムと美しい和音の響きで、聴く者を圧倒する。
いよいよソロを聴きたい気持が高まるのを覚えた。
 
長谷川さんも、ヴァユリネンに負けじと、かなりのハイ・テンション。音色も素晴らしく、先週に引き続き好調な御様子がうかがえた。
中でもスクリャービンなど、ゆっくりしたテンポで、骨太のメロディを歌い込む曲が良かった。一見、お淑やかな彼女だが、音楽は情熱に満ちている。
 
メインの「展覧会の絵」も、気迫のこもった見事なものだった。
もっとも斉諧生的には、この曲をチェロで演奏することに、今もって馴染めない。ラヴェルの呪縛に囚われすぎなのだろうか…?
 
アンコールは、
キュイ;オリエンタル
チャイコフスキー;レジェンド
(2曲ともCD収録曲)
 
なお、この間(11月22日〜12月1日)の長谷川さんの日記が、後援会「ひまわり」の公式ページに掲載されている。
ここを押して

平成13年2月3日(土):ドメイン"www.seikaisei.com"を取得しサーバーを移転。「音盤狂日録」の過去ログを「音盤狂昔録」として公開。

平成12年9月10日(日):「提琴列伝」に、ミクローシュ・ペレーニを掲載。

平成12年1月8日(土): バッハ;無伴奏Vc組曲聴き比べを掲載。

平成11年10月24日(日): ラハティ交響楽団シベリウス・チクルス特集を掲載。

平成11年8月28日(土): 「逸匠列伝」にカール・フォン・ガラグリを掲載。

平成11年5月9日(日): 「作曲世家」にリリー・ブーランジェを追加。

平成10年5月5日(祝): 「作曲世家」にステーンハンマルを掲載。

平成10年2月8日(日): 「逸匠列伝」にルネ・レイボヴィッツを掲載。

平成9年11月24日(休): 「名匠列伝」に、アンゲルブレシュトを追加。

平成9年9月15日(祝): 「畸匠列伝」に、マルケヴィッチを掲載。

平成9年8月24日(日): 「名匠列伝」にカザルスを追加。

平成9年8月8日(金): 『斉諧生音盤志』を公開。


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